第12話

「廸子さん。俺がお洒落インテリア家具という体で買った、TENGAがそろそろコンビニに届いていると思うんだけれど、見なかった?」


「……なんでうち留めにした。そしてなんでばらした。インテリア家具で聞けよ」


 ナチュラルにセクハラしてしまった。

 呼吸をするようにセクハラしてしまった。


 やばいな、俺ってば。


 気が付いたらこんなにも、自然にセクハラができるような、上級セクハラ達人者になっていたんだな。廸子に逡巡の間もなく汚いモノでも見るような目をさせる、口を開けば即軽蔑のセクハラおじさんになっていたんだな。


 とか、思っている場合じゃないんだってばよ。


 俺はいろいろと焦っていた。

 今更ながら焦っていた。

 TENGAが届かないことに焦っていた。

 いやむしろ、コンビニ留めにしたことを焦っていた。


「いや、ほら。やっぱりさ、家族と一緒に同居しているとなると、そういうジョークグッズを買おうにも、やっぱり細心の注意を払うものじゃない」


「かったことないのにわかるわけねー」


「知らないうちに家族が預かったら、あら大変。何頼んだのって話になるじゃないですか。しかもインテリア家具でごぜーますよ。なおのこと気楽に、何頼んだって向うは聞いてくる。けれど、段ボールの中身は言い訳できないTENGAだから、うぅーんまぁっていうしかできなくなるじゃない」


「……うーん、まぁ」


 ほら、言ってしまうでしょ。


 TENGAだよとは言えないでしょう。


 もう地上波で弄られたおして、一般人でもよく知っているジョークグッズであるTENGAだけど。もう子供でも知ってるTENGAだけど。

 それを口にした瞬間、家族会議勃発待ったなしでしょう。


 ですから貴方、そこは俺も慎重になる訳ですよ。

 高級インテリア家具を装って注文もするし、極力自分で受け取れることができるように根回しをする訳ですよ。


 コンビニ預かり、郵便局留め。

 けれどもここは田舎町。


 郵便局は割と遠くて、車で三十分である。

 おまけに開いてる時間が短いときたもんだ。


 だからコンビニ預かりを選んだ。

 信頼する幼馴染が働いているコンビニ預かりを選んだ。

 高級インテリア家具とか書いてあったら、「あ、アイツ……」とか、顔を赤らめながらもこっそりと隠しておいてくれるだろう。


 廸子ちゃんを信じて俺はTENGAをポチった。


 なのに。


「どこに行ったんだ!! TENGA!!」


「お客様!! 店内でジョークグッズの名前を叫ぶのはおやめください!!」


 TENGA失踪事件である。

 謎の、TENGA失踪事件である。


 コンビニに顔を出すなり、お前、いったいなんてもの頼んでるんだよ――と、廸子が突っかかってこなかった時点で、おやと思ったんだよ。

 そしていまさら思い出したんだよ。


 ここ、俺の実家とそう変わらない。


 身内が経営しているお店だって思い出したんだよ。


 しかも、年頃の娘さんを育てていて神経質になっているババアが経営している、ローカルコンビニだということに、今更、気が、付いたのだよ。


 ちくしょう。

 絶対、これ、ババアがなんかした奴だよ。


 俺はその場に膝を突いて床を叩いた。


「メールでさ、もう到着済みの通知が来てるんだよ!! 確実に、マミミーマートの中に俺のTENGAは届けられたはずなんだよ!! だから、廸子!! お前が俺の顔を見るなり、顔を赤らめない時点で、おかしいとは思ったんだよ!!」


「人を試金石みたいな使い方するな!! というか、高級インテリア家具とか書かれてたからって、中身がそれだとは気が付かねえよ!!」


「気が付けよ!! お前、何年いったい生きているんだよ!! そんな、男性経験豊富っぽいヤンキースタイルしておいて、高級インテリア家具という言葉に隠された、男の劣情を察することができないなんて!! お前は処女かよ!!」


「うっせーなー!! わるかったなー処女で!!」


 処女なのかよ。


 いや、本当に処女なのかよ。


 処女だ処女だと聞いていたけれど、やっぱり処女だったのかよ。


 その反応は、確かに処女の反応のそれだよ。

 それも、ヤンキー女の子が実は処女だった系の反応だよ。

 唯一残念なのは、お前が三十路だってことだけだよ。


 三十路じゃなければ、もう完璧にラブコメだったよ。

 ワンチャン惚れる流れだったよ。


 もう惚れてるから、惚れる流れにはならないけど、惚れる奴だったよ。


 割と想像の斜め上を行く、顔の真っ赤さで言われてしまうと、俺も流石にちょっと罵って申し訳なかったと思ってしまうよ。


 セクハラばっかりしてきた俺だけれど。

 これまでセクハラすること嵐の如しの俺だったけれど。

 申し訳なくなっちゃうよ。


 うん。


 廸子の処女弄りをするのは、やめよう。

 今後、その辺りは注意しよう。


 とにかく、それは置いといてだ。


「廸子!! 本当に届いてない!? どっかに置かれてない、俺宛の荷物!!」


「見てないけどなぁ。ちなみに、到着時刻とか分かる?」


「午前六時」


「……千寿さんがレジ入ってる時間帯だわ。絶対にそれ千寿さんが受け取ってる」


 ババア!!

 やっぱり、ババアがなんかしたんじゃねえか!! くっそ、あのババア!!


 何食わぬ顔して帰って来て、はぁー今日も疲れたわーとか言っておいて、ババア、一仕事してくれた後だったのかよ。


 ちくしょう、なんて奴だババア。

 策士かよババア。


 ババア、もうちょっと顔に出せよババア。

 無言で処分してんじゃねえよ、ババア。


 高かったんだぞ、俺のTENGA!!


「……まぁ、なんというか。ほら、やっぱり、そういうのはよくないってことで」


「廸ちゃんは分かってない!! 男心が分かってないよ!!」


「いや、男心って」


「無職童貞で病気患ってて満足に働くのも難しくて、おまけに自意識も低くて彼女できる予定もなければ、奥さんや恋人はおろかセッフレも期待できない身の上の俺が、TENGAに籠めた期待がどれほどのものか分かっていないよ!! あの赤い筒の中に、求めた異性のぬくもりが、女の廸ちゃんには分からないんだよ!!」


「いや、言うて、シリコンでしょ?」


「夢のない言い方しないでよ!! 限りなく、あれは男の恋人的な何かだよ!! 左手と同じくらいに恋人的な何かだよ!! 決して僕を裏切らない、優しい恋人的な、そういう存在なんだよ!!」


「……左手なのか」


 いらない情報で顔を赤らめなくてもいいよ廸ちゃん。

 俺も、言ってから、個人情報がががとか思ってしまったけれど、そこにひっかかって欲しくはなかったよ廸ちゃん。


 そして、時々右手に浮気したりするよ、廸ちゃん。


 男ってのは、気まぐれなのさ――。


 とにかく、謎はすべて解けた。


「まずは姉貴に連絡だ。捨てたなら、俺はこのマミミーマートを訴える勢いで、あのババアに食い下がる。令和TENGA訴訟を起こして、勝訴してみせる」


「そんなこといいから、そのエネルギーを就職に向けろよ」


「なんだと廸子ォ!! もとはといえばお前がしっかりしてればよかったんだろ!! なんだったらお前が責任とってくれてもいいんだぞ!! おぉっと、ちょっと自分でもやばい感じの特大セクハラ!! ごめんやっぱなし!!」


「……まぁ、お前が、どうしてもって言うなら」


 くるくると、金髪の髪を人差し指で巻いて廸子。


 真っ赤な顔が更に熟れに熟れていく。


 あ――。


「……廸子」


「うん?」


「……ごめん」


 やっぱり、それだけはできない。

 まだ、俺にその覚悟はないんだ。


 病気の治ってない俺に。

 お前を幸せにできる自信のない今の俺に。

 お前の身体に触れる資格はない。


 だから廸子。


 気持ちだけ、悪いけど受け取らさせてくれ。


 その気持ちは。

 そう言ってくれたことは。

 俺、すっごく嬉しいから。


 こんなどうしようもない俺でも、まだそんなことを言ってくれる。

 優しい幼馴染のお前が居てくれるの。


 それはすごくうれしいんだ。


 けど。


「ごめんな廸子」


 ごめん。

 うれしさだけじゃ君を抱けないくらいに、僕たちはもう大人なんだ。

 ごめん。本当に、ごめん、廸子。情けない俺で。


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