第11話
無職は辛いよ。
思わず、某国民的映画の音楽が呟きと同時に流れるくらいにつらい。
やっぱりね、男が定職に就かずに、昼間っからぶらぶらしているというのは世間体がよくないです。
そんなの見かけようものなら、後ろ指をさされるのは必定。
そして、ほどなく警察官がやって来てこういう訳ですよ。
君、ちょっとお話聞かせてもらっていいかな。
って。
任意聴取という奴ですね。
分かります。
僕もこれでもニート歴長いんでね。そらもう、よく分かりますよ。
えぇ、経験だって豊富ですよ。そらもう。
しかし。
しかしである。
「田舎なら人がそもそもいないので歩いていても不審がられないという奇跡!! ニートの楽園は山奥にあった!! ビバ田舎!! 何もないがここにある!! ビバ田舎!! ニートだからって馬鹿にされない世界がここにある!!」
「なーにがニートだからって馬鹿にされない世界だ!! あんごさくが!!」
牛がもぉとなきゃ、爺さんが通る。
昔ながらの農耕機と農業の共をひきつれて、俺の背後から近づいてきたそいつは、俺が田舎の真ん中で自由を叫んだニートをしている所に、いきなりドロップキックをかましてきたのだった。
このそこはかとなく感じる理不尽さは間違いない。
肺を病んだというのに、まったく変わっていないその声にも聞き馴染みがある。
そう、俺にドロップキックをかましてきたのは他でもない。
「まーったく!! 千寿ちゃんの娘っ子の世話ほっぽりだして、何をやってんだおめえはよう!! 暇ならうちの畑の収穫でも手伝え!!」
「……廸子の爺ちゃん!!」
廸子の爺ちゃん。
御年、八十二歳。
この山奥の町の生き字引にして、神原道場最強伝説の名を背負いしもの。
そして、本当に病気になったのかと町のみんなから逆に心配されている、ウルトラハイパーしゃかりき爺さんであった。
ぶっちゃけ、警察よりも田舎でエンカウントしたくない人。
俺の中で六年連続ナンバーワンの人だった。
在職中からだけれど。
◇ ◇ ◇ ◇
神原誠一郎は廸子の爺さんだ。
詳しいことは彼が語らないのでよく分からないのだけれど、親父たちが酒の席で聞き出した感じでは、昔は大阪の方で暮らしていたらしい。
ただ、もともと住んでいた地で、相当厄介な事件を引き起こしたらしく――警察沙汰ではないそうだが――住んで居られなくなった彼は、逃げるように日本各地を転々とし、最終的に俺たちの町に落ち着いたんだそうな。
嫁もこっちで貰って。
仕事もこっちで見つけて。
気が付いたらしっかりと土地に根付いていた。
まぁ、なんちゅーか苦労人だ。
ニートの俺には天敵タイプの苦労人だ。
いや、ニートでなくても、割と親父とお袋におんぶにだっこ、いろいろと世話してもらって生きて来た俺には、苦手なタイプの人だった。実際、今も苦手に思っているし、積極的にかかわりたくないと思っている。
思っているが、幼馴染――廸子の爺さんである。
なので、顔を合わさない訳にはいかないんだけれどね。
はぁ。
田舎の避けて通れぬしがらみとはまさにこれ。
くそでかため息案件ですわ。
「なんでい、今日は千寿ちゃんが家にいるのかい。廸子の奴も家に居るから、てっきり昼勤なのかとおもってたぜ」
「なんかシフトが良い感じに回せたらしいっすわ。それで、ちぃちゃんと今日はお墓参りに大阪の方へ」
「大変だねぇ。というか、墓はこっちに持ってくる訳にはいかんのか」
「いかんでしょ。向こうの先祖代々の墓なんだから」
そんなもん気にすることねえじゃねえか。
ぱーっと持ってきて、ぱーっとこっちの墓地に置いちまえばいいのさ、と、無茶苦茶なことを言う廸子の爺さん。
この人の、こういう思いきりのいい所というか、なんでも都合よく言う所、ほんと俺には好きになれないわ。
世の中そんな自分の思う通りにいかんでしょうよ。
むしろ、だいたい世間にすり合わせていくもんでしょうよ。
いや、まぁ、そうするのが楽なだけだけど。
やろうと思えばできるのかもしんないけど。
「というか別に次男坊なんだろう。だったら、墓別けても問題なかろうめ」
「それが出来たら苦労してませんよ。死人に口なし。そして、地主ってのは田舎だろうと政令指定都市の近郊だろうと、似たようなもんってね。だいたい、姉貴も姉貴で強引に結婚しましたから。信じられます。新郎側の列席者ゼロの結婚式って」
「俺ァ、かかぁと市役所に婚姻届けの判だけ押しにいったぞ?」
「爺さんに聞いた俺がバカでしたわ」
逞しい話。
いや、ババアも爺さんに負けじと劣らず逞しいっちゃ逞しいんだけれど。
ほんと、俺にはまったく参考にならない人生歩んでるわ。
二人とも、なんていうか、自分で自分の人生を生きているって感じがするわ。
どうすりゃそんな風にパワフルに生きられるのかね。
不思議過ぎて考える気にもなれやしない。まぁ、爺さんはともかく、姉貴については俺と同じ血が流れているはずなのに、どうしてこうも差が出てしまったのか。
はぁ。
またしてもくそでかためいきである。
「まぁ、幸せの形なんてひとそれぞれだ。別に、貧乏してたって幸せだってこともあるし、世間様を敵に回したって家族がいりゃなんてことねえこともある。そりゃ、周囲と仲良くやれるのが一番いいにこしたことはねえが、身の丈以上に考えるこたぁねぇ。背伸びしねえで、満足できる落としどころを見つけろ」
「……爺さん、町の三役全部やった上に、アンタが号令すりゃ俺以外の町人全員が団結するスーパー人気者じゃねえですか」
「おいおい、誰がオラが町の若大将だって」
「いってねー」
老大将だろうが。
なに言ってんだこのお調子者が。
とはいえ実際、廸子の爺さんはこの町の顔。
この人が、ひとつ口を開いたならば、たちまち町人が動き出す。
そんな仁徳がある人だ。
そんな人が、身の丈にあった幸せがどうのこうのと言ってもな。
いまいち説得力がないんだよな。
まぁ、貧乏し過ぎて死にそうな爺さんが言ったとしても、それはそれで説得力はないだろうけれど。この辺りはやっぱり難しい話よね。
「……まっ、若い頃は俺もパッとしなかったぜ。信じられねえだろうがよ」
「信じられないっすね。陽の陽の陽の、太陽の使者って感じのアンタしか見てないから、陰の気を纏った姿とか想像できねえっす」
「その頃の俺を知ってる奴らはだいたいくたばっちまったしな。はぁ、まぁ、俺もそろそろそこに行く訳だが――ずいぶんとこの町には救われたよ。感謝感謝だ」
救われた、か。
それについては、ちょっとだけ俺も理解できる。
いろいろあって、この町に戻って来て、ニートになって、親父たちや姉貴、ちぃちゃんと暮らして、それでいろいろと取り戻せたものがある。
たぶん、あのまま都会にとどまっていたら、俺は人間としてもう元に戻れない位に壊れてしまっていただろう。
けれど、だからって、俺が人間としてちゃんとしたとは――。
「だから、なにしけた顔をしてんだ、このバカたれ!!」
「どっふ!!」
いきなりの肩ドン。
野良仕事で鍛えられた爺さんの腕は、いともたやすく俺のデスクワークしかしたことのない肩を、ぐわんぐわんと揺らしてくれた。
まったく力の加減がない。
これが要経過観察の病人なのかよ。
恨み節の籠った視線を爺さんに向けるが、そんな俺の感情さえもさっぱりと爺さんは笑い飛ばす。
「ガキみてえな顔してんじゃねえ。人の親にでもなりゃ、そんなもん勝手にどうにでもなるんだよ。心配し過ぎなんだよ、昔からてめぇは」
「いや、これが普通だと思うぜ、爺さん」
爺さんなりに俺のことを励ましてくれている。
それは、なんとなく伝わって来る。
ほんと厄介な爺さん。
厳しいんだか、優しいんだか、わかんねえの。
ほんとだったら、もっといろいろ言ってくれてもいいってのにさ。
どんだけ廸子を待たすんだって怒ってくれたっていいのにさ。
結局、俺を励ますだけで、そういうことは一言もいってくれねえんだから。
ずりいよな。
◇ ◇ ◇ ◇
「おー、爺ちゃん、おかえり――って、陽介!?」
「おほっ、完全に油断して中学の頃の芋ジャージ着ている廸子ちゃん発見」
「おう、廸子、今帰ったぞぉ。そこで一緒になってな」
「だからって勝手に連れてくるなよ!! それならそれでこっちにも準備が!!」
「いやいや、その姿はそれはそれで――うん!! まだイケるんじゃないかな!!」
「なんの話だよ!!」
あ、ジャージ動きやすい。
いつもの三割増しでキックが走るわ。
そんでもってジャージだから軌道に迷いがないわ。一直線で、俺の急所に流星の如く蹴りが撃ち込まれるわ。
げしり、俺は死んだ。
空手と中学の頃の芋ジャージの組み合わせは危険。
この化学反応は、流石の廸子研究家の俺にも、ちょっと見通せなかったですわ。ちょっと予見できなかったですわ。
★☆★ モチベーションが上がりますので、もしよろしければ評価・フォロー・応援よろしくお願いいたします。m(__)m ★☆★
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます