第10話
はー、セクハラセクハラ。
今日も廸子を相手に、俺のセクハラが火を噴くぜ。
金髪でヤンキー感ばりばり出してるくせに、中身は割と普通に乙女な幼馴染を、セクハラで赤面させるのはたまらねぇ。
しかも三十路。
そろそろ世間の荒波にもまれて、そういうネタでも動じない不動の心を持っていてもおかしくないのに、処女みたいな反応をする幼馴染だぜ。
そりゃ気になって毎日からかいに行くのが男心ってもんでしょう。
という訳で。
「こんにちま〇こー!!」
俺はマミミマートに入ると、元気いっぱいにレジに向かって手を突き出した。
手を突き出して、ちゃっかりと親指は、指の間に挟み込んでそれの形を作った。
これにノリノリで――馬鹿なにやってんだよと赤面で応えてくれるのが、俺の鍛えられた幼馴染である廸子なんだな。こんな咄嗟のネタ振りにも、パーフェクト合わせてくる、その臨機応変さが廸子の廸子たる所以なんだな。
さぁ、見せてくれ廸子。
お前の赤面、なにやってるんだ顔を。
「ほう、こんにちま〇こか。ならばこちらも返そう、さよならち〇こ!!」
「げぇーっ!! ババア!!」
レジには冷めた顔したババアが居た。
いや、ババアって言っているけれど、俺たちより五歳ほどちょっと年齢の高い、そして結婚適齢期をめっきりと過ぎているのに、妙な色気のある女が立っていた。
色気はあるけど、酷いギャグを繰り出す。
そんなとこに、こいつ大丈夫かという気分になる女がそこには居た。
この女のことを、俺はよく知っている。
そう、いやというほど知っている。
というか、知らん方がおかしいくらいの関係である。
過去、何度となくババアババアと弄って来たが、この店のオーナーにして、廸子の雇い主である彼女は、俺とも所縁の深い人物。
「なるほど、お前が廸ちゃんに対して、セクハラ働いているというのは、報告を受けていた。けれど、実際に目の当たりにするとこれは看過することができないな。一度、ちぃも含めて家族会議にかけるべきかもしれない」
「ちぃちゃんは関係ないでしょ!! せめて親父とお袋までにして、姉貴!!」
「お前のようなアホな弟はいない!!」
「あべぶ!!」
廸子が空手ならババアはコマンドサンボ。
華麗なる足技を、マミミーマートの制服から繰り出した彼女は、俺の顎を的確に踵でとらえると脳震盪を起こしてきた。
あまりに見事な攻撃。鮮やかな身のこなし。
とても三十な――はぺら!!
「女性の年齢を軽々しく考えるな!! そういう所がダメなのだ、陽介!!」
「店長、バックヤードの棚卸終わりまし――陽介!? どどど、どうしたんだ!?」
なんでもない。
ただの家族喧嘩だ。
姉の言葉を耳にしながら、コンビニに這いつくばる俺。
これが家族喧嘩なら、テレビでやってる格闘技番組はいったいどうなるんですかね、なんてことを考えつつ、俺は意識を手放した。
◇ ◇ ◇ ◇
早香千寿は俺の実の姉だ。
ぼんくらの俺と違って、四年制大学に通って、教員免許を取り、それだけでは飽き足らずMBAまで取得した、なんてーかースーパーできるウーマンである。
ほんと、昔から何をやっても敵わないこの姉には、劣等感を抱きっぱなし。
その女を捨てた仕事っぷりからババアと揶揄することしかできない。
もちろん、ちぃちゃんの前ではそんなことは言わないけれど。
そう、早川千寿は俺の姉であり、そして、ちぃちゃんのお母さんであり、このコンビニの店長兼オーナーであった。
なぜ彼女が、この辺鄙な田舎でコンビニを経営しているのか。そして、女手一つで娘を育てているのかについては、長くなるのでまた今度という奴だ。
ぶっちゃけ、重い話なのであまりおすすめしない。
それよりもなによりも、今、一番大切なのは――。
「陽介。小さい頃は廸ちゃんに優しかったお前が、どうしてセクハラなんて行動に及んだのか、私にはちっとも理解できない。子供の頃なら、好きな女の子に意地悪をするというのは、よくある男子の行動なので分かるが――お前は今何歳だ?」
「……三十歳です」
「違うだろ?」
「三十二歳です!! 正確に言う必要あります!? 三十越えたら、もう、十の位で生きたってかまわないじゃないですか!!」
「やれやれ、そんな時間に対するルーズな認識が、お前のダメでダメダメ、社会人失格の最たる所だよ陽介。数字は正確にだ、どんな時でも誤魔化してはいけない」
いや別に、俺は誤魔化したつもりはなかったんですけれどね。
とまぁ、こんな感じである。
俺は姉貴にバックヤードに引っ張り込まれるとお説教を受けていた。お前は何をしているんだと、パイプ椅子に座らせられて、こっぴどく叱られていた。
本当、俺はいったい何をしているんだろうか。
自分でもちょっと状況が飲み込めないのが辛い。
「廸ちゃんも廸ちゃんだ。毎回、このバカのやることに、大げさに反応するからつけあがらせる。軽く無視しておけばいいんだよ。馬鹿のやることに意味なんてないんだから。意味がある方が珍しいんだから」
「ほんと、姉貴って言葉を選ばないよね」
「いや、そうしようとは、思っているんですけれど」
「まぁ、廸ちゃんの面倒見のいい性格からして、そういうことができないのは想像できる。そういう優しい所が、廸ちゃんのいいところであり、そして弱点だ」
いいか廸ちゃんと姉貴は俺の隣で一緒に説教を受けていた廸子の肩を叩く。
それから、妙に達観した顔で一言。
「男は所詮、ブタだ」
「うぉい!! 豚ておい!!」
「……ブタなんですか」
「廸子も信じるなよ!! このババアが勝手に言っているだけだからな!!」
「私の旦那以外みなそうだったよ。まったく、常に目先の事ばかりに目が行って、巨視的なモノの考え方ができないというかなんというか。とにかく、男にまともな思考能力を求めることが間違っている」
「……確かに」
なんでそこで俺を見るの。
まるで俺がまともな思考能力を持っていないような言い草じゃない。
あのねぇ、廸子さん貴方ねぇ、俺がどれだけお前のことを心配して、毎日顔を見に来てあげてると思っているのよ。
何かしらこう、話の枕みたいなのが必要だろうなって。
それで下ネタを考えているというのよ。
毎回毎回、お前のために下ネタを考えているんだぞ。
それをそんな頭がおかしいだなんて――。
「……いや、おかしいか」
「ようやく気付いたようだな」
「ようやく気付いたようですね」
いやけど、下ネタでも交えながらじゃないと、流石にお前のことが心配で、ちょっと顔見に来たわとか言えないわ。それはそれとして言えないわ。
分かって男心ってもんだわ。
なんだか納得した感じのババアと廸子。
その上で、廸子がババアに問う。
じゃぁ、いったいどうしたらいいのかと。
「実際、ちょっと陽介の会う度のセクハラには辟易していて。できれば、なんとかしたいとは思っているんですよ」
「廸子ぉ。お前、まずはちょっとは俺に感謝しようや。お前のことを心配して、尽くしてくれる幼馴染の存在を喜ぼうや。なかなか、居りませんよ、そんな健気な幼馴染なんて。廸子さんよぉ」
「それについては、一つだけ解決方法がある」
「「マジで!!」」
流石は大学行っているだけはある。
MBAなんていう、生活する上で、なんの役に立つのか分からない資格を持っているだけはある。
流石だぜ姉貴、このするも地獄、されるも地獄のセクハラコミュニケーションに、いい感じにピリオドを打つことができるなんて。
これで俺も廸子も両方ハッピー。
セクハラせずに、大手を振って会うことが――。
「恋人になればいい」
「……」
「……」
「あるいは、結婚しろ。そうすれば会うことにいちいち理由は必要なくなる」
「……いや、それは」
「……私たちもほら、いろいろと家庭の事情とか、そういうのがありますし」
「家庭の事情とか、金銭的な問題とか、まだ時期じゃないとか、そういうのは全部言い訳だ!! 好きなら好きではっきりしろ!! 結婚してしまえば、もうなんていうか、そういの誤魔化す必要なくなって楽だぞ!!」
経験談で話してやがる。
こいつ、お義兄さんとの経験談で話してやがる。
ちくしょうだから嫌なんだよこのババアは。
デリカシーってものが、そもそも頭の中にないんだからさ。
ほんと、嫌になっちゃうよね。こんなのに毎回付き合わされてたら。
そんでもってさ。
それができるものならさ。
「……いや、それは、その、やっぱり」
「……いまさら、と、いいますか。ここまで来た、経緯もあって、その」
「好きじゃなかったらこんなに二人で仲良くしてないだろ!! いい加減、素直になりなさい!! このピュアっ子どもが!!」
そうなんですけどね。
姉さん。
すみません。もうちょっとだけ、こう、心を整理する時間をください。
俺も廸子も真面目なんで、やっぱそう、姉さんみたいに勢いで動くことは、できないんですよ。えぇ、それはもう、本当に。
ほんと、言ってることはまぁ、その通りなんだけどね。
勇気を出せばいいだけの話なんだけれどね。
それができたらって、ことですよ。
とほほ。
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