第5話

「んまぁー!! どうなっていますのこのコンビニは!! こんな破廉恥な本を子供に見れる場所に置いて!! まったくけしからん、けしかりませんわ、中身を確認しなくては!! きっととてもどエロい内容のものが、子供たちが見ると有害な感じのモノが載っているに違いありませんわ!! というわけで、廸子さん、このビニールテープ取って中見ていいかな!!」


「いいわきゃねえだろ!!」


 エロ本。


 こんな片田舎のコンビニでも置いてるんだから世も末だよね。

 この街には既に、種を残すような人たちなんてほとんどいないっていうのに、いったい誰がこんなの買っていくっていうんだろう。


 うん。

 普通にこんなん置いておくなよ廸子。

 俺に弄ってくれって言っているようなもんだぜ。


 これはフリって奴だな。


 という訳で、義憤に燃えるマダムのふりをしつつ、廸子に開示請求をしてみたけれど駄目だった。やはり、エロ本は立ち読みすることはできなかった。

 というか、普通の本もなんだけれど。


 どうしてなんだぜ。


「コンビニって本を立ち読みする所でしょ!! なんでよ!! なんで本をわざわざ閉じちゃうのよ!! そんなことしたって、売り上げは変わらないわよ!! さもしい抵抗じゃないのよ!!」


「仕方ねーだろ、上からのお達しなんだから」


「俺が子供の頃はもっと本に対しておおらかだった。もっとおっぴろげて、おじいちゃんも、おにいちゃんも、おねえちゃんもおばちゃんも立ち読みしてた。なのに、どうしてこんなことに」


「コンビニが流行り始めた頃は、利便性よりも安さの方が重視されてたから、付加価値つけようとそういうサービスもしてたけど、もはや利便性が周知された今となっては、そういうことするよりサービスそれ自体を充実させた方がいいんじゃねって方向に考えがシフトしたってことだろ」


 ときどき、廸子はちょっと意味わかんないこと言うなァ。


 廸子って三十歳なのに金髪ヤンキールックという、見事なまでのばおばかさんなのに時々かしこいんじゃねえのこいつみたいなこというなァ。


 女の子って、バカなフリしてる方がかわいいし絶対得だと思うの。

 なのにそういうことしないあたり、ほんと廸子だなって、俺ときどき思うの。


 まぁ、賢かろうが愚かだろうがヤンキーだろうがどうでもいい。

 そんなことで嫌いになったりするほど短い付き合いじゃない。

 幼馴染の絆を舐めてもらっちゃ困るよ。


 おめー、小さい頃からよく知ってる廸子ちゃんですよ。

 高校行って、金髪に染めてからも仲よくしていたし、看護婦になってからもちょいちょい顔を見に行っていた廸子さんですよ。今ほどじゃないけど、くだらないこと言っては逆関節キメられることプロレスの如しの仲の俺たちですよ。


 猫被られるよりはよっぽどってもんだ。

 二面性のある女性ほど、怖いもんはないからな。

 その点、廸子はおくゆかしい部分はあるけど、そういうのはないからほんといい女だよまったく。


 そりゃともかく。


「いや、ほんと、マジでさ。漫画くらい立ち読みさせてくれてもいいんじゃね?」


「ダメだ。なんだかんだで、うちの主力商品だからな」


「マジで。この人類未開の地、日本のアマゾンのような山奥に、本を読む文明と部族が存在したというのか」


「週刊少年誌とか、女性週刊誌とか、割とコンスタンスに売れるんだよ。あと、ちょっとマニアックな趣味の奴とかのお取り寄せ。ネット使えない奴多いからさ、この地区は」


 なるほど。

 

 電子書籍バブルにより、今や紙媒体の情報源は衰退の一途をたどりつつある。

 だというのに、田舎の方ではまだまだその影響は受けていないのね。

 これは慧眼。


 というか、確かに言われてみりゃ、この辺り、携帯の電波が圏外だったりするもんね。お爺ちゃんお婆ちゃんばっかりで、ネットも光回線じゃないし。


 そんな終わってる土地では、終わってる商売が今も生きているってことか。


 納得。


「じゃぁ!! この付録DVD付きのエロ本とかも、需要ないじゃん!! なんで置いているんだよ!!」


「いや、なんでって」


「吉幾三の歌みたいな町に、付録DVD24時間濃密制服スペシャルエディションとか本当に必要なんですか!! 家にはビデオデッキとステレオしかない、お爺ちゃんとお婆ちゃんばかりの町なんですよ!! この円盤、なんに使うんですか!! カラス避けの代わりですか!!」


「まぁ、確かに、それはそうなんだけれども」


 どうやらマミミーマートの無駄を発見してしまったようだな。


 俺としたことが、別に社員でもないというのに、そんなことに気が付いてしまうとはなんて親切なお客さま。


 あがめてくれたっていいのよ。


 そして、置いてあっても無駄なものなら、買う人のいないものなら。


 別にタダで貰ってしまっても構わんだろう。


「どうせ誰にも見られずに、このまま腐っていくくらいなら、むしろ見てやった方が慈悲だと思うんだ。だから廸子、この24時間濃厚制服スペシャル、廃棄処分ということで俺がお預かりしてもいいかな」


「廃棄の食材を店員だって持って帰ってないのに、そんなことできるわけねーだろ。アホもたいがいに言え」


 ダメかな。


 ダメかのう。


 タダでエロ本を手に入れる、たった一つの冴えたやり方だと、俺は思ったんだけれども、やっぱり廃棄エロ本という概念はこの世にはまだ早かったか。

 仕方ない。


「それじゃ、ゴミ箱に捨てたという体にして、俺が拾って帰ることにするから。何時に捨てるか教えてみそ」


「本っていうのはな、余ったら仲卸の業者に返品するようになっていてな。という訳で、24時間スペシャルが捨てられることはない」


「ちくしょう!! じゃぁいったい誰の制服を見て俺は興奮すればいいんだ!!」


「知るか馬鹿!!」


 ただでさえ田舎で若い女性はいないっていうのに。

 ただでさえ道端に出会いが落ちていない町だっていうのに。

 狐も狸も、女になって出てきてくれない町だっていうのに。


 エロDVDがついた雑誌すら見れないなんて。


 なんて残酷なんだろう。

 これが田舎の現実だというのか。


 田舎でスローライフ、穏やかな余生をとか言っているけれど、ちっともスローじゃないよこんなの。スローってどういう意味か分からないけど。


 エロ本の一つも、エロDVDの一つも自由に見れないなんて。

 こんな自由なんてあんまりじゃないか。


「ちくしょう、せっかく今日の一本はこれって感じになっていたのに。タダで手に入らないなら仕方ない。一冊千円は痛い出費、ここは素直に諦めるか」


「そうしてくれ」


「……はっ!! そう言えば、廸子ちゃん!! 今着ている服はもしかして!!」


 繰り出される無言の発勁。

 生気を出すのではなく、叩き込まれた俺は、うぐとその場に膝をついた。


 やるではないか廸子よ。

 日に日に、強くなっていくな。


 ふっ、もう、敵わないぜ。


 そして、こんな暴力幼馴染を相手に、そういう気になんて――なろうと思えばなれるんだけれど、それしちゃうと流石に笑顔で毎日会えなくなる。

 ほんと人生って難しいよね。


 はぁ。(くそでかため息)


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