ドーンヴィル、それぞれの初冬7
アレットが夫とダガスランド散策を楽しんでいる同じころ、ソレーヌはチェルスト地区にあるカイゼル家の屋敷にて面接を行っていた。ソレーヌは手渡された経歴書に視線を落とした。年は十八歳だが、たれ目のせいか年齢よりも幼い印象だ。ごくありふれた茶色の髪の毛を後ろでまとめ紺色の目立たないドレスを着た少女はソレーヌの目の前に座っている。もうすこし落ち着けばいいのに、とソレーヌが思うくらいに彼女は緊張している。頬が固まっていて不自然な笑顔で名前と簡単な経歴をソレーヌの前でそらんじた。
「これまでも接客用の使用人として働いていたということね。使える言葉は?」
「フランデール語は話せます。インデルク語が少しです」
フランデール語はアレットやソレーヌの母国語でもある。アルメートの公用語はロルテーム語である。ソレーヌはそれでは、とこれからの面接をフランデール語に切り替えることにする。緊張して言葉が出てこない、というのでは困るからだ。突如言葉を切り替えたソレーヌに最初こそたじろいで、言葉を詰まらせる場面もあったが、面接人はその後はそれなりに流暢なフランデール語を操りソレーヌの質問に答えていった。
一人帰して、その後にもう二人の面接を終えると、外はそろそろ日暮れという頃合いだった。ソレーヌは受け取った経歴書を束ねた。今日面接に来た女性たちはシレイユとエルヴィレアが紹介してくれたのである。来月カイゼル家はドーンヴィルで小さな夜会を開く。そのときの接客係を探しているのである。それといい人材がいればアレット付きの侍女もできれば取りたいところである。ヴァレルの母と妹が伝手を駆使して集めてくれた候補者ということもあり悪くはなかった。商会を営むヴァレルの元には様々な国から客が訪れる。接客係として働くからには外国語を操る能力も必要なのである。とくにソレーヌたちの母国語でもあるフランデール語は西大陸では広い国で使われている。国際語という意識がソレーヌの中にはあるから、フランデール語が喋れることは当たり前という認識なのである。
ソレーヌは面接に使っていた玄関近くの控えの間から出てベンジャミンの元へ赴いた。
「いかがだったかな」
「ええ。最初の子は言葉は問題はありませんでした。わたしのフランデール語にも難なくついてこられましたし。ただ、経験が思ったよりも浅いです。それから―」
ソレーヌは面接者一人一人の所感をベンジャミンに伝えていった。全員一定の水準には達していたが、ソレーヌの所感では可もなく不可もなく、といったところである。しかしソレーヌの合格ラインというのはフェザンティーエ公爵家で勤めることができる能力があるという、かなりハードルの高いものである。そういう彼女の中の合格点をきちんと理解をしているベンジャミンは渡された経歴書を順番に確認をしながら何度か頷いた。
「エルヴィレア様とシレイユ様の紹介だけあって悪くはないようですね。明日の面接には」
「二人とお約束がございますわ」
間髪入れずそソレーヌが答えた。
「では、その二人と面接をして、ソレーヌがいいと思うものを三人選んでもらいます。その三人と私が最終面接を」
「かしこまりました」
これからのカイゼル家は客を招く機会が多くなるだろう。来年の夏にはこの屋敷で舞踏会も開く予定になっている。そのためには今から準備をしておかなければならない。良い人材を集め西大陸風の洗練された接客応対を仕込むのが今のソレーヌの使命でもある。それから、やはりアレットの侍女である。さすがにソレーヌ一人では目が行き届かないのである。もう一人はいてほしいところであるが、こちらのほうが現在難航している。ソレーヌの求める人材が厳しすぎるというところに理由があるのだが。ソレーヌの中にも譲れない一線というものがあるのである。
「そろそろアレット様がご帰宅されますので、わたしはこれで失礼します」
ソレーヌは礼をして部屋を辞そうする。
「ソレーヌもたまには息抜きをしたほうがいい。あまり休んでいないだろう」
ベンジャミンの言葉が急に砕けたものになる。彼は仕事に関する事柄については丁寧な言葉遣いだ。今回のこれは彼の個人的な意見ということだろう。とはいえ、業務命令ではないらしい。公私を使い分ける人物をソレーヌは嫌いではない。
「お気遣いありがとうございます」
ソレーヌは平時のままの顔つきで謝意を述べ扉を開けた。
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