お茶会2
「そういえばアレット、舞踏会の練習はどう?」
お茶会が始まると近くに座っていたアウラが話しかけてきた。
「ええ。頑張っているわ」
「フラデニアでも国王夫妻の前でデビューの挨拶をすることはあるの?」
と、別の女性が話に加わる。
「いまはかしこまったデビューの習慣がないの。貴族の子息や令嬢は何かの折に両親と一緒に宮殿へ招かれてその時にご挨拶をするわ。わたしは小さいころに国王陛下にお会いする機会があってそのときに。けれど避暑の最中だったし。あんまり大げさなものではなかったわ」
フェザンティーエ公爵家はお金は無くても格式だけはあったので、国王の避暑にも付いていくことができた。貴族の中でも位の高い家の者だと小さなころから王族と接する機会がままある。
と、ここで茶会の参加者がおお~と一斉に声を漏らした。
「国王とご挨拶とか、さすが」
と、誰かが漏らす。
「ええ、こっちでいうところの議長夫妻ってことでしょう? みんなも普段からお会いになったりするんでしょう?」
「まあ、そうね」
「うーん……。うちは議員の家系じゃないからそんなでもないかな」
などと口々に感想を言い合う。
「なんでも真似したがるダガスランド社交界だもの。デビューの手順も毎年複雑化していくのよね。いまどきディルディーア大陸の国でもあんな古臭いことはしないんじゃない、っていうような手順ばかり増えていって。アレット頑張ってね」
シレイユがアレットに憐れむような視線を向ける。
「え、ええ」
結構覚えることがあって大変です、ということは心の中だけにとどめておく。一応淑女教育はしっかりと受けてきたのだ。大好きなヴァレルのためにもここはすました顔をして華麗にダガスランド社交界デビューを果たしたい所存だ。
「今年デビューをする子の中には、夏の間に婚約を発表する子もいるだろうし、そうしたらアレットも同世代の主婦友達ができるかも」
シレイユがにこりと笑った。
「そうだと嬉しいわ」
「下手に独身女性の輪に入っていこうとすると、アレットあなたみんなから総スカンを食らうわよ」
シレイユの友人の一人ネリアが身を前に乗り出してそんなことを言い出す。
「そ、総スカン?」
分からない言葉が出てきてアレットの背後に疑問符が飛び交う。
「独身の女性たちがこぞってアレットを無視するってことよ。あれでも一応、お兄様ってダガスランドで結婚したい男一位なのよね」
シレイユが肩をすくめた。
「ええっ!」
アレットはびっくりして大きな声を出す。
ヴァレルは背も高いし、体のつくりもしっかりとしている。目元は切れ長で涼しい顔立ちをしているし、声は優しいし、話しやすい。たまに、いやアレットには高確率で嫌味を言うけれどそれを抜きにしてもヴァレルは素敵な男性だ。だから、彼がモテないはずがない。
「し……知らなかったわ……」
「まあまあ。みんなお兄様の性格の悪さを知らないからよ」
シレイユがフォローなのか微妙な発言をする。もちろん、身内の容赦のない言葉に同意をする人間はこの場にはいなくて、それぞれ苦笑いを浮かべるだけだ。
「そんなこと……(ないとは素直に言えないけれど)ないわ」
アレットは一応否定をする。
「大半はお金目当てだから気にすることないわよ」
やはりシレイユは辛辣だ。
「確かにヴァレルがモテるのは嘘ではないけど。シレイユの言葉は身も蓋もないわよ」
クラリスが呆れた声を出す。
「大丈夫。わたしたちが付いているもの」
アウラはアレットに励ましの言葉をかけてくれた。
「ありがとう」
アレットは感激して瞳を潤ませる。
「ううん。こっちに引っ越してきて慣れないこともあるでしょう。わたしもこの国には十四歳の頃に移民してきたから……。なにかあれば相談してね」
アウラの申し出にアレットはこくこくと頷いた。
最初にシレイユから紹介されたときにアウラは自らも、移民だと教えてくれた。その時以来アレットはアウラに親近感を持っている。
その後も話題は色々と移り変わる。今日の話題はおもにダガスランドで今流行っている劇や本などだ。ダガスランドでいま人気の俳優や女優に歌手、それから本にどこの新聞の連載小説が面白いか、などなど。
食べ終わったお菓子の代わりにテーブルの上の主役が書籍と新聞に変わった。
「ダガスランドでも恋愛小説は大人気よ。やっぱりフラデニアのものが翻訳されて出版されているわね」
「あら、アルメート出身の女性作家の作品も面白いわよ」
「でもやっぱり貴族同士のどろどろした恋愛ものよ!」
「ダガスランドを舞台にした身分差の話も面白いわよ。身近に感じられて」
既婚女性とはいえ、そこはみなまだ二十代半ばの女性たち。結婚しているからこそ、自分とは違う環境での恋物語に傾倒する。そのため恋愛小説談義は白熱を帯びてくる。アレットへのおすすめの紹介というより各自の好みの話になり、それぞれが推しの作品を好き勝手に述べていく。
アレットはいくつか上がったタイトルを頭の中に刻み込む。もしかしたら色々と夫婦仲の参考になるかもしれない。
お茶で喉を潤し、新聞連載の小説を紹介するためにシレイユがぱらりと新聞をめくる。
「あら」
アレットは声を出した。新聞の社交欄のページで見覚えのある似顔絵が印刷されていたからだ。
「どうしたの?」
クラリスが声を出した。
「ええ。この人、この間シレイユと昼食を食べたときに会った人と、同じ人かしら」
新聞には大きな女性の肖像が載せられている。厚ぼったい、色気のある唇が先日レストランで会った彼女とよく似ている。
「ああ、フィアンメータ・ピッティね」
「たしかそんな名前だったわ」
アレットは件の場面を思い出しながら答えた。金髪の大人っぽい女性だった。
「新たな恋人発覚か? って、相変わらず恋多き歌手ねぇ」
お茶会の参加者のうちの一人が長い息を吐きながら呟いた。
「前の人とはもう別れてしまったのかしら」
「あら、彼はただのお友達っていうことだったわよ」
「彼女に言わせたら会ったことのある男性は全員お友達ってことよ」
しばしの間話題がフィアンメータ・ピッティで持ちきりになる。
彼女たちの話をまとめると、カスコーネ座の人気歌姫はその実力は元より、派手な容姿と友人関係でダガスランドをにぎわせているらしい。恋多き歌姫はしょっちゅう新聞の社交欄をにぎわせているのだ。
(そういえばヴァレルとも友人だって言っていたっけ)
社交界の華と呼ばれる女性はフラデニアにも存在した。
交友関係が広くて男性も女性も一度会ったら友達と言い、どの集まりでも耳目を集めていた。フィアンメータも歌手という職業柄何かと注目を集めるのだろう。
「んもう、フィアンメータのことはいいわよ。彼女しょっちゅう仲のいいお友達を変えているんだもの。それよりも、アレット。この小説も面白いわよ。なんと、南アルメート大陸の冒険譚なんだけれどね。河で大きなワニと対決するのよ! 牙がこのくらいするどいのよ。挿絵付きなの」
南アルメート大陸というのはアルメート大陸からはまた距離の離れた大陸である。大陸と言ってもそこまで大きくはなく、原住民らの王国が存在している。品質の良いダイヤモンドがよく採れるためディルディーア大陸の国々が金を出し鉱山開発を行っている。
「またシレイユは……」
「まったく冒険ものが好きねえ」
クラリスらが半眼でシレイユを見つめる。友人たちからの視線を受けたシレイユは頬を膨らませて反論する。
「いいじゃないっ。これ、ほんっとうに面白いのよ」
その後シレイユはアレットにワニの恐ろしさと強さをこんこんと解説をしてくれた。
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