第25話 解放
「……以上が、ララから聞いた話!」
うきうきとした様子で蘭が語り終える。蔵道はベッドの上から、そうかと一言だけ呟いた。
あれから三日後。彼らの姿はノイセ村の簡素な医療施設にあった。
蔵道の容態は比較的軽く、直に退院という所まで来ていた。診断を行った医師は回復の速度に驚いたが、なんてことはない。転生者の身体能力が恵まれていただけのことだ。
「しかし……光沢さん、君はあの保哲という男に憤っていたんじゃないのか?随分と嬉しそうに話をしているが」
「不機嫌なんかじゃいられないよ!だってララだよ!あの藍藤ララがまたもやあたしの所に来て事の顛末を聞かせてくれたんだよ!!」
「わ、分かったから落ち着いてくれ!」
我を忘れて体を揺さぶろうとする蘭を、蔵道は慌てて止める。下手に容態が悪化したら一大事だ。
「まぁ、君から話を聞いて謎は解けたな」
「ん?謎って?」
「ララがあの場に居合わせて私を助けたことだよ。出来すぎたタイミングだと思っていたが、全ては君がララに助けを求めてくれたおかげだったのだな」
「いやぁ、あたしはただ……自分に何かできることないかなって思ってただけだよ。そうしたらララと偶然出会えてさ、蔵道さんの事情を説明したら館にすっ飛んでいったよ」
「どうりで名乗る前から私の名前を呼べるはずだ」
ララの初対面とは思えない態度を不思議に思いはしたが、考えてみれば彼女はアイドル並みの人気を誇る人物なのだ。他人と打ち解ける能力が人一倍優れているのかもしれない。
「しかし、悔いが残るな……」
「何がよ?」
「礼を言い損ねたんだ、命を救ってもらったというのに」
「別にいいんじゃない?リエラさんへの色々な感情を考えたら仕方ないよ。ララは別に気にしないと思う」
「それなら良いんだが……」
まだ心残りがあるかのように、蔵道は遠くを見つめて言った。
「聞きそびれたこともある……かわいいと言われることに対して」
「何よそれ!かわいいじゃん!」
「そう評価するのは分かるが、それは外見への評価だろう?あの生配信に寄せられたコメントの大半がそれだ。彼女の、それまでに培ってきた努力や内面的な能力には誰も触れていない。それを彼女はどう思っているのか疑問に思ってね」
「……はぁぁぁぁぁ」
わざとらしく大袈裟な溜息をつきながら蘭が答える。
「蔵道さん何も分かってないんだね。うんうん、確かに自覚してたもんなぁ、女心の経験の浅さ」
「面目ない……」
「“かわいい”っていうのは評価じゃない、感動なの」
「感動?」
「そう!かわいい物を見て自分が幸せだっていう感動を、簡潔に伝えているの!それだけララの配信で幸せになった人がいるってことだよ!ララにとっても、それが一番の幸せなの!」
「……なるほどな」
「自分の配信で誰かを元気にする、それがララの理想だよ。今までも、そしてこれからもね!」
蘭は椅子から立ち上がると、時計を見て言った。
「ちょっと、これから人と会う約束をしているの。安静にして、ゆっくり休んでね」
「あぁ、ありがとう」
「……こんにちは」
蘭が向かい側の椅子に座ったのを見て、ガブリエラはニコリと微笑んだ。
「どうしたの?そんなに怖い顔をして」
「リエラさん、殺そうとしたんだよね?」
「えぇ、そうよ。とはいえ……言ったでしょう、蔵道さんを殺すのは私の本意ではないと」
「…………」
蘭は黙ったまま、ポケットから取り出した物をテーブルに置く。
「これ……何だか分かるよね?ララから貰ったの」
「神の石ね。そう、所有者は光沢さんに移ったというわけ」
「返すよ」
ガブリエラは表情を変えないまま蘭を見つめていた。
「ララが言ってたの。こんなものを持っていたら、リエラさんは自分を援助しようと近寄ってくる。それは自分の望む所ではないからって……そう言ってあたしにこれをくれたの」
「欲が無いのね」
「怖がってるんだよ!自分が何をやったか分かってるでしょう!?」
蘭の声が響く。
「それはあたしも同じよ……簡単に人を殺せるなんて。だからあなたに返すのよ」
「……分かったわ。それが所有者の願いだというのなら、私も応じましょう」
ガブリエラは静かに頷き、神の石を受け取る。
そして次の瞬間、石を持った右手を握りしめた。
「これでようやく……」
手の隙間からサラサラとした粉末が零れ落ちていく。七つの色が混じり合ったその粉末は、風と共にどこかへ飛び去っていった。
「自由になれたわね」
ガブリエラが笑顔を止める。その表情を見て、蘭は初めて彼女の本心に触れたように思えた。
「やり遂げたってことか……あなたも大変だね」
「勘違いしてほしくないわ。私は自分の使命に忠実に生きているだけ。そこに何の不満も無いわ」
「分かってるよ、そうじゃなきゃあんな残酷なことしないでしょ。でもリエラさん、今の顔が一番嬉しそうだよ」
「……そうね、まるで……母親にわがままを聞いてもらったような気分よ。こんな気持は久しぶり」
蘭にとっては少し複雑な気分だった。
どうせなら自分と相容れないまま別れてほしかった。自分とは格の違う存在でいてほしかった。
卑怯だよ……こんな人間らしさなんて見せられたら理解が深まるじゃないか……!
「ねぇ、光沢さん」
「な、何よ……!」
「感謝しているわ、神の石を手放したこと。でも同時に少し残念な気持ちもあるの。藍藤ララ……面白い人ね、彼女が所有者の未来も見てみたかった……」
「……ファンになったの?」
「えぇ、いつかまた会いに行くわ」
「……分かったよ、伝えておく」
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