第24話 切れ目
「話って……何かな?」
真剣な表情で見つめる保哲に、ララは若干の緊張感と警戒心を覚えた。
「まずは詫びだ」
そう言って保哲は右手を差し出す。開かれた手の中では神の石がより一層輝いて見えた。
「ララを危険な目に合わせてすまなかった。これは詫びの品だ」
「で、でもこれって大事な物じゃ……!」
「俺には特に拘りも無いし、レクシドみたいに依存してもいないからな。それに聞いた話だと……元の神話では、神の石を人間界に落としたのは天使だったろ?だからララが持ってるのが相応しいと思うんだ」
「…………。あなたがそう言ってくれるなら、ありがたく受け取るよ」
ララが神の石を手に取る。
見た目だけではなかった。肌触りも含めて、本当に七種類の宝石なのだと分かった。
「それで、ここからが本題なんだけど……ララはこれからどうするんだ?」
「そのことなんだけどね」
保哲の照れくさそうな仕草を見て、ララは先手を取る。
「ララは旅に出るの。身を落ち着けるつもりはないんだ」
「……それはなんでだ?」
「あなたも知っての通り、ララの配信のせいで転生してしまった人たちがいる。誰もがあなたのようにララを許してくれるわけじゃない。中には蔵道さんのように、無関係な第三者が偶発的に巻き込まれてしまった例もある。そういう人たちを放っておくわけにはいかないよ」
「他の転生者を助けて回る旅か。なら俺も……」
「それは駄目!」
きっぱりと言い放たれた言葉に、保哲の動きが止まる。
「これはララが負うべき責任!ララがこの世界で行きていくための心の芯なの!助けるべき相手に、助けてもらってばかりだと、その芯が折れてしまう!そうなったらララは前に進めないし、自分自身を許せなくなる!神の石だけで、もうあなたには十分に助けてもらったよ!だからお願い……!!」
「…………。分かったよ」
そう言って、すんなりと諦めた保哲の表情はどこか清々しかった。
「独占しようなんて馬鹿なこと考えてたな。
「……ありがとう」
ララはペコリと頭を下げると、いつもの笑顔と共に去っていった。
「さて、忙しくなるぞ」
拳を強く握りしめながら保哲は言った。
「まずは後処理だな。レクシドが殺されたこと、それと犯人を公表するんだ。都合良くそこに倒れている奴がいるからな。蔵道の代わりに罪を被ってもらおう」
「…………」
「聞いてるのかガブリエラ?シナリオはこうだ。そもそもバッカスは神の石を盗むつもりでレクシドの護衛を買って出た。しかし、偶然にも神の石は盗難被害に合い、蔵道の手に渡った。蔵道は神の石を返そうとやってきたが、そのタイミングでバッカスが強奪を試みたんだ。そのごたごたの中でレクシドは死に、バッカスは返り討ちにされた。どうだ?ララが気を悪くしないように、蔵道の体裁は保っておくんだ!いい作戦だろ!」
「……そう」
「レクシドの財産を引き継いだら、俺もララを追って旅に出るぞ。助けるのではなく応援し続けるためにな。ララに会えない人生なんて無色で退屈なだけだ」
「さすがだわ」
「そう思うか?よし、作戦は決まったな!ガブリエラ、まずはバッカスが起きないうちに……」
「皮肉を言っているのよ私は」
「え……?」
それはあまりにも冷めた物言いだった。
言葉だけではない。ガブリエラの表情に浮かぶのは“退屈”の二文字だった。退屈がすぎてストレスへと変わり、欠伸すら出ない。そんな表情だった。
「こんな状況になっても、まだ楽観的に空論を語るなんて……本当にさすがとしか言いようがないわ」
「な、何を言ってるんだよ……!?」
「あなた、前から思ってたけどつくづく自己中心的よね。いくら自分の使命とはいえ……あなたに従うのはなかなかに苦痛だったわ」
「はぁ!?お前が言うなよ!お前だって同じじゃないか!」
「私とはレベルが違うわ。少なくとも私は人の心は理解しているつもりよ。例えば、自分が行動した結果、相手がどう思うか?喜び?あるいは悲しみ?怒り?人の心は信仰や崇拝に繋がる重要なもの……それを蔑ろにしていては神は解き明かせない」
「意味が分からねぇ!お前の考えなんかどうでもいいから、俺に分かるよう喋れ!」
「それよ!」
ガブリエラが指先を突きつける。
「『お前の考えなんかどうでもいい』っていうまさにそれ!あなたは他人の都合や心情を一切、考えない!それどころか、常に自分に都合の良いように解釈して知ったかぶっているのよ!私と同じだなんて過大評価もいいところだわ!」
「なっ……!」
「そんな自己中心的だから見落とすのよ!私があなたに協力していた理由も、こうして愛想を尽かす理由もね!」
そう言って、ガブリエラは出口へと向かいだす。
名残惜しさなど感じられない。まるで最初から赤の他人であったかのように呆気なく、そして素っ気なく……!
「『
保哲の顔に顕現した
矢を射つことはできなくなるが問題ない、これは鈍器なのだから。
最も硬い宝石はダイヤモンドと言われているが、それはあくまで互いに押し付けあった時の傷つきやすさに過ぎない。外部から衝撃を加えた時の耐久力、即ち割れやすさで言えば翡翠の方が優れている。
保哲の足音は絨毯に吸い込まれていく。徐々に迫るガブリエラの背を前に、彼は思った。
こいつもレクシドと一緒だ。俺の力を何も分かっていない、そのくせに見下しやがる!別にいいさ、お前なんかいなくたって俺は一人でやっていける!俺にはこの能力があるんだ!
パカン!
後頭部へ向かって振り下ろしたクロスボウは、何とも間抜けな音を鳴らして真っ二つとなった。
「何で……!?」
保哲の指が断面に触れると、角砂糖のようにボロボロと崩れていく。
「宝石内部に空白を作ったわ。極端に密度の下がったあなたの宝石は、あなた自身と同じ……みてくれだけの砂上の楼閣」
ガツンと火花が散った。
真上に跳ね上がったクロスボウの残骸からは、既に空白が解除されていた。元の役割を思い出した凶器……下された神判の矛先は保哲の後頭部だった。
「石の切れ目が縁の切れ目……なんてね。藍藤ララ、果たしてあなたはどんな願いを望むのかしら?」
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