第23話 背景

「人生で一番大切なものは何だと思う?」

「え……!?それって……!」


 保哲の問いにララは目を見開いた。


「そう、俺がこの世界に来るきっかけを作ったララの生配信ララライブの内容だ。ちなみに俺は運と答えた」

「……ごっ、ごめんなさい!」


 ララが慌てて頭を下げる。


「だってそれってララのせいで……あなたをこんな目に!本当にごめんなさい!!」

「確かに、俺の恵まれた人生は全て塵となって、泥に塗れる生活が始まった。最初は森の中で行き倒れ、果物の毒に当たり……挙句の果てにはあんな奴の雑用だ。だが、頭を上げてくれララ。ララが一緒に転生しているかもしれない、そのわずかな可能性だけで俺は我慢できたんだ。そして、思いは叶った。やっぱり運が一番大事なんだと改めて思ったよ」

「……どうして?怒るのが普通だと思ったのに……どうして嬉しそうなの?」

「どうしてか……それは、こうして出会えたララが俺の推していた姿そのままだったからかもな。とにかくだ!」


 保哲はガブリエラへ向かって言った。


「俺があんたに頼んで協力してもらった作戦だが、そもそもの目的はララに会うまで俺が生き延びるための手段に過ぎなかった。こうやって目的を達成した以上、もう作戦を続ける意味は無い」

「……そう、それなら良かったわ。蔵道さんの血で私の手を汚すなんて本意ではないものね」


 ふっと憑き物が落ちたように、ガブリエラが柔らかな笑顔を取り戻す。彼女は肩の力を抜き、リラックスするように伸びをした。


「まさか。あれほど生き生きとしていたリエラを、私は初めて見たぞ……」

「だって保哲くんに力を貸すこと事態は本意だもの。だからね、今のように戦いを止めることが私にとって最良ベストなの」

「一体……君たちの狙いは何なんだ!?リエラ、君にはそこまで協力する理由があったのか!?」

「えぇ、もちろん話すわよ。蔵道さんに私を信じる余力があればの話だけれど」

「……努力はしよう」


 それでいい、とガブリエラは頷いた。


「三週間前のことよ。私は急ぎの用事のために森の中を走っていたの、近道だったのよ。その時、偶然にも木陰に倒れている彼を見つけたの」


 ガブリエラの視線が保哲に向く。保哲は自身の口から、転生直後で行き倒れていたことと、毒性のある果物を口にしたことを改めて説明した。


「その時、私の目に飛び込んできたのよ……保哲くんの手に握られた七色の塊がね。初めて見る物だったけれど、すぐに分かった。これこそが伝説に綴られる神の石……拾った者に神の恩恵を与える奇跡の宝石だとね」

「神の石……元々はレクシド卿の物ではなかったのか」

「そうなの?でもあいつは……レクシドは自分の物だからこそ、躍起になって取り戻そうとしたんじゃないの?」

「残念ながら彼は知っての通り、思い込みが激しい人物だったから。……私も驚いたものよ」


 呆れる様子を見せながら、ガブリエラは話を続ける。


「神の石を拾った人物……助けなければと思ったのだけれど、最初に言ったように急いでいたものでね。どうしたものかと悩んでいた時、近くを通りかかった人を見て、託すことを思いついたの。神の石を貸しだす代わりにこの男の命を助けなさい、私は身を隠してそう告げたわ」

「その相手がレクシド卿さ。ところが、あいつはいつしか神の石を自分の所有物だと思いこむようになった。俺のことも含めてな」


 保哲は苛立たしげに言った。


「その後、私は所有者である保哲くんの様子を見に、この村へ赴いたの。盗難騒動には頭を悩ませたわ。神の石の所在はもちろん、本当に盗難だったのか……つまり譲渡や売却などで所有者が変わっていないのか、さんざん調べたものよ」

「あんなに大量の金貨まで持ち込んでな」

「あぁ、そんなこともしたわね。怖がらせてしまったかしら?見た目は空っぽでも、空白を作ることによって容量以上の中身を詰めた革袋……!」

「金貨を見慣れていない貴族もどきには刺激が強すぎたようだぜ」

「くすくす……!そんなこんなで私の調査は終わった。最初にレクシド卿に貸した神の石はイーナが盗み、蔵道さんが拾って一時的に預かる形になっていた。とすると所有権は未だ保哲くんにある……それが結論よ」

「……だからか」


 蔵道は納得したように言った。


、リエラは保哲に協力したのだな?」

「……蔵道さん、ララにはよく分からない。何が“だから”なのか」

「実を言うと俺もだ」


 戸惑いを見せるララに、保哲も賛同する。


「あんたらから砂時計を受け取った次の日、ガブリエラが俺に会いに来た。今、説明した通りのことを言って、俺の願いを叶えるときたもんだ。俺としては不気味だったが……まぁ、いつかララを探しに行くなら現状の雑用暮らしを変えなければならない、そう思って甘えることにした」

「願いを……叶える?」


 ララの中で一つの仮説が浮かび上がる。

 保哲は神の石の所有者である。神の石の所有者は神の恩恵を受け、願いが叶うと言われている。

 ……、ガブリエラは保哲の願いを叶えようとした?


「リエラさん、それだとまるであなたが……!」

「後はもう皆の知っている通りよ」


 ララの言葉を遮り、ガブリエラは言った。


「保哲くんの願い、即ち自身の名誉を損なうことなくレクシド卿から解放され、神の石を手中に取り戻すこと。そのために私は砂時計をすり替えてレクシド卿を抹殺し、その罪を蔵道さんに着せようとした。後は保哲くんが残った財産を活かして、ララを探す旅に出るつもりだったのでしょうね」


 全て説明し終えたと言わんばかりに、ガブリエラが一つ息をつく。

 ララは言葉を返せなかった。ただ圧倒されていた。


「……失礼する」


 蔵道はそう言って背を向け、扉へと歩きだす。


「あら、何か質問は無いの?聞かれれば答えるつもりよ?」

「……君に感謝をしたこともあった。あの時は、救いの手を差し伸べる神様のように見えたんだ」

「くす……それは嬉しいわ」

「でも今は邪神に見える……!」

「……へぇ」

「君は利益を求めず、自分の信念の下に行動する。少なくとも私の目にはそう映る。その信念を貫き通すためには裏切りも、そして殺人も辞さない。……今回の一件で、君に対する私の印象が変わったよ。君自体は何ら変わってないけれども」

「どうやら、もう私から言うことは無いみたいね……お大事に」


 それが最後の会話だった。

 蔵道は無言のまま、足を引きずって部屋を去っていった。


「く、蔵道さん……!」

「待ってくれ、ララ!!」


 後を追おうとするララの前に、保哲が立ち塞がった。


「俺から話がある!」

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