第14話 導引

「転生者が私に何の用だ……!?」

「さぁてね?」


 オリバーはニタリと嫌らしく笑った。

 君に説明するつもりは無い、明確にそう言っている。


「とりあえず一緒に来てもらうよ!」


 青い紐が勢いよくオリバーの右手から放たれる。

 蔵道からすれば全くもって意味不明だった。この男が何者で、なぜ自分を狙っているのか。神の石という心当たりはあれど、それだけでは何も断定ができない。あまりにも情報が不足している。


「『極細流バトルモード砂時計・アリーナ』……!」


 蔵道の繰り出す砂がオリバーの紐にまとわりつく。端から端まで全てというわけにはいかないものの、絡みついた一部分を砂時計に変えることで紐を分断することは可能だ。

 分断によってオリバーの手を離れた紐は、彼の支配下から解放されたのか動きを止めて大人しくなった。


「うおおおおおっ!!」


 常連客の男が二人、オリバーに向かって剣を抜いた。蔵道の味方というわけではない。襲撃犯に対する、冒険者としての本能だった。

 しかしオリバーは顔色一つ変えることなく呟く。


「邪魔しないでよ」


 今度は彼の両手が動いた。右手からは変わらず青い紐を、そして左手からは赤い紐を放つ。剣を持った相手の両手にぐるぐると巻き付き、その自由を奪うまでに一秒もかからなかった。


「大人しく寝ていた方がいいよ、君たちの身のために」

「くそっ!……何してる、やれ!」

「お、おう!」


 奮起を促された別の男が剣を抜く。確かに果敢に挑んだ男たちの両手は封じられてしまった。だがオリバーの両手もまた封じられているのだ。

 今なら倒せる、そう考えたのは一人だけではなかった。三人、四人、五人……それ以上は数える意味も無いだろう。


「……あーあ」


 少しだけ落胆した様子でオリバーが息を吐いた。

 嫌な予感がする……!蔵道は一歩、後ずさりした。このまま見ているだけで終わるなど、そんな楽観的な考えには至れなかった。


「忠告したのにな」


 青い紐が動く。縛られた男の両手を引っ張り、剣を振るわせる。その切っ先は隣の男を縛る赤い紐へ。




 オレンジ色の塗料をぶちまけたかのように景色が一変した。赤い紐が切られた次の瞬間、男たちは剣を放り出し、悲鳴を上げながら炎に包まれていた。


「きゃああああっ!!」


 飛び散った炎が壁や床で増殖する。既に消火どころではない。攻撃を免れた人々が一斉に逃げ惑い、あっという間に一階はパニック状態と化した。


「これが昨日だったら雨に救いを求められたのに、今日は生憎の良い天気だね」

「なんて奴だ……!」

「逃がすか!」


 蔵道が後方へ駆け出すと同時にオリバーが両手から紐を繰り出す。青い紐は天井の照明器具に結びつき、赤い紐は蔵道へ向かう。


「ぐっ!」


 階段を駆け上がろうとした寸前、赤い紐が蔵道の足に巻き付き、転倒させる。振り向いた蔵道の目に映ったのは、青い紐を巻取って天井付近に佇むオリバーの笑みだった。

 足が引かれていく。このまま蔵道の身体を引いて炎に突っ込ませる気だ。手すりに掴まり、何とか踏ん張ろうと力を込める。


「どうしたの?自慢の砂時計の出番だよ?」

「くっ……!」


 蔵道も分かっている。赤い紐を砂時計に変えて分断すれば自由になれる。だが、無事に逃げられるとは限らない。

 あの光景を見た後で、そんなことができるはずもない!


「ふーん、砂時計化をしないというのなら良い選択だね」

「赤い紐……いや、紐というのは間違いだった。これはリード線だ、電子機器の回路で使われる電線……!」

「さすがに転生者相手だと話が早いね。そこまで分かっているなら説明してあげようかな」

「随分と親切だな……」

「なに、ちょっとした退屈凌ぎさ」


 そう言って、オリバーはゆったりとした調子で語りだした。


「僕の『二者ツートーン・択一ファクトリー』は赤と青、二種類の電線を繰り出す能力。君の第一印象は紐だったけれど、あながち間違いでもない。人間一人を支える程度の強度はあるわけだからね」


 オリバーはぶらぶらと体を揺らし、自身を支える電線の強度を証明してみせる。


「一方は君も経験した通り、ナイフでも切れない強度を持つ。もう一方は強度こそ劣るものの、切断面から爆炎が放出されるんだ」

「電線を切れば爆炎か……まるで時限爆弾だな」

「良い表現だね、厳密には違うけれど気に入ったよ。サスペンスドラマも知らない現地人には無理な連想だ」


 ケラケラと笑うオリバーを、蔵道はぐっと見据える。その腕が震え始めたのを見てそろそろ限界だろうと、オリバーは感じた。


「さて、これでお開きかな。まぁ、殺しはしないから安心して焼かれるといいよ」

「ぐ……くそ……!」




「蔵道さん!!」

「……あぁ、待っていたよ」


 階段を駆け下りる一人の声に蔵道は応えた。


「なんだ、あの女……仲間がいたのか?」

「よく来てくれた光沢さん……砂時計は持ってきたかい?」

「もちろん!どんなに鈍くても察するよ、異常事態が起きている最中であんな不自然な動きされたらね」

「砂時計……不自然な動き……!?あいつまさか……」


 オリバーの頭の中で一つの仮説が浮かぶ。即ち、自分が話している間に、蔵道が砂を飛ばして仲間の女を呼び寄せたのだと。

 照明器具と自分を結ぶ青い電線、その分断を狙ってくるだろうと注意していたが……なるほど、道理で自分に向けて砂を飛ばしてこないはずだ。


「よし!後はその砂時計をあいつに!」

「か、簡単に言ってくれるな……外しても恨まないでよ!」


 蘭が振りかぶって砂時計を投げる。

 蔵道に不安は無かった。ある程度の方向さえ合っていれば当たらずとも構わない。既に砂時計が蔵道自身の能力であることは知られているのだ。

 重要なのは、その能力の産物を投げたという事実だけ……後はオリバーの抱く危機感が解決する───!!


「野郎ッ……!!」


 蔵道の足が解放される。オリバーが砂時計の放物線を止めるには、自身の腕を自由に動かすにはそうするしかないのだから。


「今だ、逃げるぞ!」


 蔵道は素早く身を起こし、蘭と共に階段を駆け上がった。


 危ない所だった、オリバーは冷や汗をかきながら思った。砂時計は前方一メートル付近で電線によって縛られていた。彼にとっては不運なことに、蘭の投擲は十に一度の上質な出来だったのだ。

 蔵道の能力が砂時計化だということは分かっていたが、こうして飛ばしてくる以上は他に何かがある。命中した時に効果を発揮するのか、爆弾のように近くにいるだけで被害を被るのかは分からない。何にせよ、いち早く遠くに放り投げるべきだろう。

 オリバーがそう考え、砂時計を巻く電線に力を込めた時だった。

 ……バキッと音を立てて、砂時計はあっさりと割れてしまった。


 次の瞬間、洞窟から飛び立つ蝙蝠こうもりの群れのように、金属の破片が砂時計から噴出した。

 鋭利な刃がオリバーの肉体に食い込み、鮮血を撒き散らす。彼の悲鳴が響き渡るまで時間はかからなかった。




「部屋に置いてあった汚い壺を砂時計に変えたときは何かと思ったけど……」


 通路を走りながら蘭は言った。


「あんな使い道があったなんてね」

「……そうだな」


 そう言って後方を振り返る蔵道の表情は浮かない顔をしていた。

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