第13話 夜話

 砂時計が保哲の手に渡ってから一日が経過した。

 その日は晴天だった。前日までの雨模様はどこへやら、胸のつかえが下りたように清々しい天気だ。そのおかげで蔵道は濡れる心配をすることなく用事を済ませることができた。


「どこへ行ってたの?」


 部屋に戻った蔵道に蘭が聞く。


「供養と謝罪だ」

「……そっか」


 例のイーナという少女のことだな、と蘭は思った。

 彼女については殺されたとしか聞かされていないが、その口の重さから凄惨さは窺い知れた。もしかしたら自分も同じ目に遭っていたかもしれない。そう考えると体に震えが走る。


「リエラはどこかへ出かけて、まだ帰ってきていないようだ。君は?」

「あたしは調べ物。この付近の地図を見て、次の町の場所をね」

「……なるほどな」


 一刻も早くノイセ村を出たいのだろう、と蔵道は思った。ただ神の石が元の姿を取り戻す明日までは、目立つ動きをしない方が賢明だ。蘭もそれについては理解している。


「先立つものがいるだろう。少ないが私の手持ちから……」

「それはさすがに遠慮する」

「……どうしてだ?」

「命を助けてもらって、部屋代まで工面してもらっているんだよ?その上さらにたかるなんて……」

「遠慮することは無い。誰かを助けるという行為は一時いっときの優しさだけでは足りないんだ。先の件で思い知った、人を助けるという行為の“重み”を……!」

「……蔵道さん。時には、その重みが足枷になることもある」


 蘭は深く息を吸うと、蔵道の目を見て言い放った。


「これはあたしがこの世界で行きていくための心の芯なの!これが折れたらあたしは前に進めないし、自分自身を許せなくなる!だからあたしは受け取らない!」

「……分かったよ」


 蔵道は目を閉じて頷いた。


「でも一応は聞いておきたい。金も持たずにどうするつもりなんだ?例えば、道中の食料は……」

「それなら大丈夫だよ。食べられる果物を調べてきたから」

「果物って……まさかサバイバル生活を送る気か!?」

「素人目でどこまで見分けられるかは分からないけどね。でも毒の有無くらいは知ってて損は無いでしょ。蔵道さんは知ってる?これくらいの赤い果物があって……」


 蘭が両手で円を描く。リンゴのような大きさだな、と蔵道は感じた。


「それ食べると危ないんだって。目の前の景色が何重にもぶれて歩けなくなるらしいよ。一般に流通している解毒剤で治るとはいえ、放置すると命を落とすような強い毒なんだってさ」

「私には無関係だろうが肝に命じておくよ」

「他にも色々あってね」


 そう言って蓄えた知識を披露する蘭を見て、記憶力の良い人だな、と蔵道は思った。

 とはいえ、さすがに長引きそうなので話題を変えることにする。


「ところで光沢さん、固有スキルは?」

「え……?」

「私の『極細流バトルモード砂時計・アリーナ』のように、転生者には固有スキルがあるのだろう。光沢さんの能力に、サバイバル生活に役立つ用途があるかもしれない」

「……だと、良かったんだけどね」

「……すまない、余計な詮索だったかな」

「そんなことはないよ。ただ……無いから」

「無い、とは?」

「固有スキル。あたしには無いから」

「…………」


 蔵道には彼女の発言が理解できなかった。

 蔵道自身、転生者については何も理解できていない。しかしスキルが無いと言われても納得はできなかった。そんなことが有り得るのか?

 蘭が自分のスキルに気づいていないという可能性の方がまだ納得できる。


 詳しく問いかけようとした時、蔵道は騒ぎに気づいた。

 時刻は夜の八時、普段なら民衆が酒盛りに転じている時間だ。騒ぎ声が聞こえても不思議ではない。

 しかし今日の雰囲気はいつもと異なる。何かがおかしい。


「蔵道さん?」

「様子を見てくる」


 ゆっくりとした動きで息を殺すように部屋を出る蔵道の様子に、蘭も事態を察したようだ。




「おいっ!お前、何をしてるんだ!?」


 男の怯えた声が響く。

 蔵道が一階に降りると、そこでは常連の客たちがこぞって席を立ち、一点を見つめていた。

 見たことの無い男が一人、立っている。その右手の平からは青い紐がピンと伸びている。

 紐の先に結ばれているのは……人の首。見たことのある顔、彼もまた常連の客の一人だ。


「がっ……か……!」

「うーん、違った」


 男がポツリと呟くと、紐が緩んで手の平へ戻っていく。息苦しさから解放されて涙と共に呼吸を再開した常連客には、もう目もくれていなかった。


「君はどうかな?」

「っ!?」


 蔵道と男の目が合った。その時には既に、青い紐が蔵道の首を目掛けて進んでいる所だった。


「くっ!」


 とっさに身を屈めて紐を避けた蔵道だったが、紐の挙動が不自然に変わった。空中で角度を変え、蔵道の首に巻き付いたのだ。

 これは何だ……!?ギリギリと呼吸を阻害される苦しみが蔵道を襲う。

 一見ただの青い紐が鷹のように宙を舞い、蛇のように巻き付いてくる……只事ではない!

 倒れ込んだ蔵道の視界にナイフが映った。誰かが肉料理でも注文したのか。素早くナイフを手に取り、刃を紐へと走らせる。


 ……だが、切れない!


「……ぐ……おおおおおおっ!!」


 ナイフを持つ指先が砂を散布した。

 淡黄色の砂が渦を巻くように紐を取り囲んでいく。


「うおっ!?」


 張り詰めた紐が緩んだことで、男がバランスを崩す。

 切断されたか?紐を手元に戻して断面を確認すると、男はニヤリと笑った。


「『二者ツートーン・択一ファクトリー』の一部分を砂時計に変えたな?すると、君が僕の標的というわけか……!最初の宿で当たりを引けた、良い選択だったよ」

「ゲホッ!て、転生者……!?」

「オリバー、そう名乗っている……よろしく」

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