第8話 供養

 この女性は何者なのだろう?自分よりも年下のようだが。女性が名乗りだしたのは、彼がちょうどそう思った時だった。


「……そうか、ガブリエラというのか。私は蔵道歩陸という。まずは礼を言わせてほしい」

「いいのよ、礼なんて。決して慈善事業のつもりじゃないもの」


 そう言いながらガブリエラは蔵道にタオルを渡す。どういうわけか彼女の体は濡れていなかったが、蔵道は特に気にせずに彼女の優しさを受け取ることにした。

 ノイセ村の共同墓地には火葬場を伴う寺院が建てられている。イーナの遺体を火葬する間、蔵道たちは住職の計らいで雨宿りをさせてもらっていた。

 上着を脱ぎ、タオルで髪を拭きながら蔵道は囲炉裏の前に座る。ガブリエラもその横に並んだ。


「私に聞きたいことがあるんだろう?」

「えぇ。……とはいっても、何から聞くべきかしら」


 しばらくの間、ガブリエラは黙っていた。炎の弾ける音が雨音と混ざり、不協和音を奏でている。


「ホームレスの少女が神の石を盗んだと聞いたわ。あなたが抱えていた遺体もまた、ホームレスの少女で……そしてあまりに酷い状態だった」

「そうだな、悪いことをしたその子が罰を受けたんだ。……あまりにも重い罰を」

「ところが神の石はレクシド卿の元へは戻らなかった。普通の少女が口を割らなかったとは考えにくい。既に自分の手の届かない所に渡ってしまったのでしょうね」

「…………」


 蔵道は何も言わなかった。ただ、その右手が強く握られていた。


「ねぇ、蔵道さん?私が鈍感でなければ、あなたから強い自責の念が伝わってくるのよ。ホームレスの少女による神の石の盗難騒動、あなたは何を知っているのか教えてくれないかしら?」

「……君は何者なんだ?神の石の在り処を気にしているようだが……」


 蔵道の目には、ガブリエラの表情が柔らかく移った。少なくとも詰問しようという攻撃的な気配は無い。

 ……だからこそ、彼には目の前の女性が何を目的としているのか分からなかった。


「私はただ確かめたいだけよ。神の石が実在するのか否か、実在するのであれば誰が持っているのかを自分の目でね」

「それを自分の物にしようとかは……」

「思わないわ。私が追い求めるのは神であって、神の石は副産物に過ぎないの。」

「……そうか、分かったよ」


 ガブリエラを信じたわけではない。打ち明けることで楽になりたかっただけかもしれない。蔵道は重い口を開いた。


「あの子が盗みを働き、逃げ遅れたのを見て……それを守ろうとした馬鹿な男。それが私だよ」


 蔵道はそう言って立ち上がると、部屋の隅に掛けられた上着に向かう。彼が内ポケットから取り出した物を見て、ガブリエラは小首をかしげた。


「その砂時計は?」

「神の石だ」

「え……?」


 ガブリエラの反応は至極当然だ。それはどう見てもただの砂時計であり、宝石らしさは一欠片も含まれていない。蔵道もそれを理解した上で話を続ける。


「その場を誤魔化すために私が砂時計に変えたんだ。君たちの言葉では固有スキルというらしい」

「……なるほど」

「あの子が盗んだ物的証拠を消して、私が後に神の石を返却すれば良い。それであの子を守れる……守りきれたと、そう思っていた。道端に転がっていた遺体を見つけるまでは……!」


 蔵道の声が次第に小さくなっていく。


「私のせいで……あの子はこんなことに……!!」


 それ以上は言葉にならなかった。それでもガブリエラには転生者の心情が理解できた。

 証拠が無ければ判決は無罪。蔵道にとって決まりきった考え方でも、この世界ではそうではなかった。疑わしきを捕らえ、自らが判決を下す。そのような独立した行政に満ち溢れているのだ。


「……祈ってあげなさい」

「え……?」


 そっと、ガブリエラの手が肩に触れる。


「どう償えばいいか分からないのでしょう。だからあなたは自分を責めることしかできない。それならばせめて祈ってあげなさい、きっと楽になるわ」

「…………」


 窓の外に住職の姿が見えた。どうやら火葬が終わったようだ。


「生まれて初めて、神様の必要性を感じたよ。祈るとしようか……イーナ、あの子の安らかな眠りを……願わくば私の愚行に対する許しを」

「あらゆる神話において、人間の声は祈りによって神に届く。ここの宗派も同じよ。大丈夫、あなたの祈りもきっと届くわ。」


 ガブリエラはそう言って、静かに微笑んだ。




「モクレン住職!」

「おや、どういった御用でしょうか?」


 ふと、住職と誰かが話していることに気づく。服装を見た限りではノイセ村の兵士のようだ。

 二度三度の言葉を交わした後、兵士が部屋に入る。蔵道たちの顔は見向きもせず、部屋中をキョロキョロと見回していた。


「確かにいないようだな」

「そう申し上げたではありませんか。どうぞお座りください、お茶をお持ちしましょう」

「いや結構、すぐに出るので」

「ちょっと、あなた。何の騒ぎ?」


 振り向いた兵士の背中に、ガブリエラが話しかける。


「そなたらには関係無いことだ」

「こんな天気の日に探し人なんて緊急事態でしょう?通り魔でも出たのかしら?教えていただけないと不安で出歩けないわ」

「……やれやれ」


 溜息をつき、観念した様子で兵士は言った。


「ホームレスの少女を探しているだけだ、レクシド卿の急な要請でな。お前たちの生活は脅かされないから安心しろ」

「なんだって……!?」


 思わず蔵道は立ち上がっていた。


「詳しくは分からないが、村にいるホームレスの少女を片っ端から館に呼ぶとのことだ。我々だって風邪を引きたくはないが、相応の対価が支払われるものでな。もういいだろう、急いでいるのだ」


 兵士は会話を一方的に打ち切り、走り去っていった。


「……ガブリエラ」

「リエラでいいわ」

「ではリエラ、私にも急な用事ができた。申し訳ないが……!」

「いいわ、先に行ってらっしゃい。拾骨が終わったら私も向かうわ」


 蔵道は一礼し、風雨の中へ姿を消す。ガブリエラはその背中を静かに見送っていた。

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