第7話 丸投げ

 ガブリエラの来訪から数時間後、レクシドからの招集命令が下った。

 せっかくゆっくりできると思ったのに。不満げな表情で保哲が応接室に入ると、既にレクシドと二人の男性が会話している最中だった。

 二人はレクシドが雇った護衛、バッカスとオリバーだ。保哲と同じく館に済んでいるが、ほとんどの時間は外出している。そのため、保哲は二人が何をしているのかを知る機会はなかった。彼らもまた保哲の役割は知らないだろう。


「やぁ、保哲くん。君も呼ばれたのかい」


 そう言ってオリバーはワイングラスを傾けた。小柄な体ながら、ややふっくらとした顔つきで、傷一つ無い綺麗な素肌をしている。墨でなぞったような濃い眉毛の下で、眠そうなタレ目が保哲を見つめていた。


「あぁ、心配しないでよ。これは水さ」


 そう言ってオリバーは横のバッカスを見やる。ちょうどバッカスが目の前のショットグラスに液体を注ぎ終えた所だった。

 オリバーとは対象的に、バッカスは高身長で引き締まった体格だ。刈り上げた頭部とギョロリとした目つきからは、他人を寄せ付けまいとした雰囲気が伝わってくる。


「小休止だよ。昼間から酒に溺れるほど暇じゃあないんでね」

「ふん……」


 バッカスが鼻を鳴らし懐に手を入れる。ゆっくりと取り出したは細長い形をしており、握りの部分と引き金がついていた。

 思わず身構える保哲とバッカスの目が合った。


「……ふっ」


 軽い笑いと共にその全身像が露わになる。なんてことのない、ただの着火ライターだった。

 バッカスはグラスに注いだ液体に火を灯し、それを一気に飲み干した。


「酒の恩恵、酔いだけではない。俺の場合、力になる」

「誰もが君のように、酒を活力に生きられるわけじゃあないよ」




「座れ」


 レクシドに言われるまま、保哲は席に着く。


「お前には改めて説明するまでもないだろう。今日、この部屋に来た女のことだ」

「……あぁ、ガブリエラとかいう」


 神の石を求めて金貨を撒き散らしていった不気味な女のことか。彼女の見せた不思議な光景を思い出す。


「その通り。あの女の目的は神の石……お前のせいで盗まれた神の石だ。いち早く取り戻さなければならないのだが、どうやらこいつらにもお手上げのようでな」

「手厳しいですねぇ」


 おどけるオリバーに、レクシドの眉がピクリと震える。


「これでも最善は尽くしたつもりですよ?神の石を奪還するために、せっかく僕らを選んでいただいたわけですし、報酬に見合う分は働いてますって」

「……奪還?道理で、護衛の割に館にいないわけだ」

「そういうこと、僕らじゃあないんだよね!ご主人の隣で機嫌を取るのはさ」

「オリバー!何たる物言いだ!」


 レクシドの堪忍袋の緒が、早くも限界を超えた。オリバーは悪びれる様子もなく水を一口飲むと、こう続けた。


「まぁまぁ、これからは僕らがその役目を引き受けますから。仲良くしましょうよ」

「……どういうことだ?」

「我々、レクシド卿の護衛する。保哲、我々の引き継ぎ。神の石、探索してもらう」


 保哲の問いにバッカスがそう答えた。

 話が飲み込めていない様子の保哲を見て、レクシドが説明を始める。


「館の警護を強化する必要が生じたのだ。あの女、追い返しはしたが神の石を諦めてはいまい。おそらくこの館に侵入するはずだ。神の石が館に無いことを知られてはならんからな!」

「ただ、盗まれたブツを放ったままにするわけにはいかないだろう?僕らに変わってそのブツを探すのが君の新しい仕事だよ、保哲くん」

「な、なんだよそれ……いきなりそんなこと言われても……!」

「いいかげんにしろ!」


 レクシドが机をドンと叩く。


「元を辿れば貴様の責任なんだぞ!?できるかできないかグダグダと宣っている暇があるならんだ!できないのであれば、どうすればできるようになるのか頭を働かせろ!!指示は下した!後は貴様の役目だ!」


 そう言って、レクシドは応接室を出ていった。




「くそっ……何が『指示は下した』だよ、何の情報も無く放り出して……!」

「君にとって、あいつは上司だからねぇ。不快に思うのも無理は無いさ。とりあえず一杯飲んで落ち着きなよ」


 オリバーがグラスに水を注ぎ、保哲に差し出す。


「でも僕らにとっては顧客だ。対価を支払って結果を求めるものの、過程や手段は丸投げする。さして珍しくもないことさ」

「自由にやればいい。責任、全てレクシド卿にある」

「そうそう、やり方は好きに選びな。結果さえ出せるのならば酒を飲もうが火をつけようが自由なんだ」


 そう言うオリバーの横で、再びバッカスは着火した酒を飲み干す。


「でも自由にと言ったって、何をすればいいんだよ」

「ホームレスだよ」

「……ホームレス?」

「僕らもやることはやったんだ。神の石を盗んだと思われるホームレスの子供、名前はイーナだったかな。彼女を捕まえて調べてみたんだよ」

「でも、神の石は持ってなかったんだろ?」

「そうだね。でも、あの頭カチカチなレクシド卿が納得できるわけもない。あいつはこう言ったよ、『同じホームレスの友人に預けたに違いない』とね」

「つまり、村中にいるホームレスの少女を全て捕まえろって?」


 二人は無言で頷く。


「馬鹿な!友人に預けただなんて何の根拠も無い、レクシドの推測だろ!?どうしてそんな面倒なことしないといけないんだよ!」

「どうして、ってそれが顧客の要望だからだよ。そう簡単に神の石が見つかるとは思えないけど、それくらいやらないと納得してもらえないだろうね」

「時間の無駄だ!」


 保哲は吐き捨てるように叫んだ。


「そんなことするくらいなら、最初のホームレスの少女をもっと問い詰めればいいじゃないか!それで出てこなければ、神の石は盗まれてなかった!そういう結論で良いだろう!」

「良いか悪いかを決めるのは保哲くんではないかな。レクシド卿に提案してみればいいよ、それこそ時間の無駄だけどね」

「ぐ……!」


 他人事だと思いやがって。ババを引かされるのはいつも自分じゃないか。保哲もまた、机を叩きたい気持ちでいっぱいだった。


「保哲。お前の考え方、不可能だ」

「なに……!?」


 ふと、バッカスが思い出したように呟く。


「あ、そうだったね。イーナを問い詰めるなんて、もうできっこないや」

「どうしてだよ?」

「その少女、既に死亡している」




 バッカスの言葉に、保哲はまるで時間が止まったかのような錯覚に陥った。


「どうした?顔色、悪いようだが」

「あ、いや……!もしかして、さっきの捕まえて調べてみたっていうのは……」

「拷問だ」


 当然のように続けられた単語に、保哲の頭がぐらりとした。

 護衛という単語の持つ先入観に保哲は騙されていた。彼らにとっては人を傷つけたり、殺めるという行為は日常的だったのだ。


「僕らが怖くなったかい?」

「いや……」


 そんなわけはない。彼らは仕事をしただけで、血に飢えた殺人鬼ではないのだ。自分だって既に命を奪っている、それがこの世界では当然のことなんだ。怖がるわけがない。……だがこの心に渦巻く嫌悪感は何だろう?

 保哲はこれ以上、話す気にはなれなかった。一刻も早く部屋を出たかった。


「分かったよ、ホームレスの少女全員がターゲットで……もうそれでいい。でも俺は捕まえるだけだ」

「オーケー、それでいいよ」


 捕まえた後のことは二人に任せる、そう頼み込む。それが丸投げだということは保哲にも分かっていた。

 初めから保哲にはできないと予想していたのかもしれない。二人は二つ返事で了承する。

 外は土砂降りだが迷いは無かった。彼らのリラックスした表情を羨みながら、保哲は館の扉を開けた。

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