第6話 聞き込み

 ノイセ村にある酒場は、昼間にしては珍しく賑わっていた。宿屋を兼業しているこの酒場は、普段であれば夕方以降の酒盛りが通例となっている。しかしその日は雨脚が強まってきたこともあり、宿泊者たちが予定より早く戻ってきたのだ。ガブリエラもその内の一人である。


「あら、もういたのね」


 ガブリエラは、カウンターから離れたテーブル席に座っている一人の女性に声をかけた。髪には白い線が目立ち、垂れ下がった目尻からは皺が伸びている。


「あなたがガブリエラさん?」

「リエラでいいわ、ミランダさん。レクシド卿の館で家政婦をなさっているそうね」

「えぇえぇ、おかげで贅沢な暮らしをさせていただいてますよ」

「でも、まだ足りない。そうでしょう?」


 そう言ってガブリエラは数枚の金貨を取り出す。老婦人の口元が釣り上がるのを確認し、彼女は机の上に金貨を置いた。


「今日が非番で良かったですよ。こうしてお恵みをいただけるのですから。それで一体、リエラさんは何をお望みでしょうか?」

「神の石と、それに関する主人の隠し事について」

「ほっほっほ、それくらいですか」


 ミランダの緊張が少しだけ和らぐ。宝石を取り扱うレクシドが主人なのだ。館の防犯体制セキュリティでも聞き出されるのではと予想していたに違いない。




「……やはり手元には無いのね」

「えぇ、盗まれたと。使用人を叱りつけていましたよ」


 ミランダは自分が聞いた内容を話す。

 保哲の運んでいた神の石をホームレスの少女に盗まれた。その不手際についてレクシドは日々、声を荒げているようだ。


「主人は宝石第一主義なのですよ。あたしらが仕事中にヘマをしても心配なんかしてくれません。それよりも宝石に傷がついていないかの方が、よほど重要なのです。少しでも欠けていようなんてものなら大騒ぎですよ。この間なんて天井裏のネズミが囓ったなど言い出して……」

「御主人はネズミを知らないのでしょうね」

「えぇえぇ、チーズじゃあるまいし。ネズミの顎に怯えすぎですよ」

「……それにしても少し変ね」


 ガブリエラは口元に指を当てて考える。


「何がでしょう?」

「大事な大事な神の石を盗まれたのに叱責だけで済むなんて。レクシド卿の性格なら解雇処分くらいしそうなものだけれど?」

「……仰る通りです。あたしらの場合はすぐに追い出されてしまいますのに。でも、あの使用人……保哲さんだけは不思議と叱りつけるだけなんですよ」

「ふぅん……」

「実際はそう生易しいものでもありませんがね。毎日毎日、大声で……あたしらなら到底、耐えられません」

「…………」


 どうやら見えてきたわね。ガブリエラはポツリと、誰にも聞こえない一言を発する。


「最後にもう一つ、聞いておきたいわ。」

「えぇ、何でしょう?」

「おそらくレクシド卿は護衛を雇っている。神の石が盗まれてから新しく人が増えたりしたかしら?」

「……確かに、この何日か館に泊まっている二人がいます。名前はバッカスとオリバー。ですが村の外から来た方々ですし、お客さんということも……」

「ありがとう、もう結構よ」


 ミランダにとっての護衛とは、村の兵士のような警備のことだろう。しかしガブリエラはそういう意味で聞いたのではない。

 彼女には予感があった。レクシドが彼女に向けて発した『人を呼ぶ』という言葉、そこに込められた“攻撃の意思”を。

 護衛。それはつまり、危害をなす相手を始末するために動く者たちのこと……!

 私を脅迫するとはね。ガブリエラは思わず苦笑した。




「ちょっとお客さん!困りますよ、そんなもの持って入ってこないでください!」


 ふと受付の方がざわついているのに気づく。ずぶ濡れの男性が両手で子供を抱えているのが見えた。


「この子を弔いたいだけだ、頼む……!」


 男性の声は震えていた。抱えられた子供はピクリとも動かず、既に事切れているようだった。


「嫌ですねぇ……」


 ミランダが目を背けながら言う。


「ホームレスですよ、あの子供。道端で野垂れ死んだのを持ってきたんでしょうね。確かに放置されても困るけど、後片付けなら村の兵士に連絡すればいいでしょうに」

「随分と風当たりが強いじゃない、そんな動物のフンみたいに言わなくても……」

「あら、ごめんなさいね。主人のホームレス嫌いが移ったみたい。神の石を盗まれた腹いせか、あたしらへの当たりが強くなってまして」


 オホホと笑うミランダに対して苦笑しながら、ガブリエラは受付の方を見る。

 だらりと垂れ下がった子供の手足は、遠目からも随分と損壊しているように見えた。


「……自然死ではないわね」

「ちょ、ちょっと!リエラさん!?」


 ガブリエラは立ち上がり、男性の元へ向かう。


「この村に共同の墓地は無いのかしら?」

「何です、お客さん?あるにはありますが結構な金が要りますよ。ホームレスの子供なんかじゃあ割りに合わないほどの額ですが」

「構わないわ」

「あ、あなたは……?」

「行きましょう、お金のことなら心配しないで」


 ガブリエラは男性の袖を優しく引っ張ると、傘もささずに土砂降りの中へ踏み出していった。

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