第4話 値千金

 ノイセ村は周囲を豊かな自然に囲まれた、田舎村と呼ばれる場所だ。ただし村内はアスファルトの舗装が施され、少しずつではあるが、保哲の価値観で言う都会に近づきつつあった。

 館を出た保哲はそのまま村の外へ向かった。この近辺は魔物がおらず、武器を持たない保哲でも咎められることなく歩き回ることができる。そのおかげで保哲は人目をはばかることなく、レクシドの欲しがる宝石を調達できるのだ。


「はぁ……」


 何度目かも分からない溜息をつきながら、保哲は道を外れて森の中へと踏み入っていく。連日の雨で地面は泥濘ぬかるんでいるものの、所々に埋まった大きな岩のおかげで歩くには苦労しなかった。


「この辺でいいか」


 足元に転がる大小様々な石を見つめる。

 学業の不要な人生に恵まれた保哲が、宝石の発掘方法など知るはずもない。それでも彼がレクシドから宝石の調達を命じられるのには、ある理由があった。


「固有スキルか……まったく便利なものだな」


 保哲が左手で片目を覆う。手が退けられた時、そこには片眼鏡モノクルが生成されていた。

 この固有スキルさえ持たなければ、レクシドに目をつけられることはなかったのにな。保哲は心の中で悪態をつく。


「うん……?」


 その時、保哲は人の声を聞いた気がした。

 人前で固有スキルを使うのは好ましくない。周囲を見渡して声の正体を探る。

 誰か隠れているとしたらあそこか?近くにあった最も大きな岩の方へ向かう。よく見ると、岩の陰から何かが飛び出しているのが見えた。


「誰だ!?」


 声を荒げるが返事は無い。それどころか一層と静けさが増したような錯覚すら覚えた。

 ゆっくりと岩に近づき、正体を探る。彼の予想通り、飛び出していた何かは大木や草花ではなかった。


「っ!?」


 その全貌を視界に捉えた時、保哲は驚愕で腰を抜かしていた。

 岩陰に横たわっていたのは人間だった。つい先程、レクシドからピンクサファイアを買い取った婦人が血塗れで倒れていたのだ。彼女の服装こそ保哲の記憶と一致してるが、首から上はもはや別人と見紛うほどに変わり果てていた。

 これが死体か、と保哲は思った。できれば実物を知らないまま人生を全うしたかったが、こうなってしまってはもう手遅れだった。


「不用心だねぇ」


 女性の亡骸に気を取られるあまり、保哲は気づかなかった。女性の隣には別の人物が座り込んでいたのだ。


「駄目でしょ、こんな所に一人でノコノコと。あんた曲がりなりにも金持ちの使用人なんだからさ」


 ボサボサとした手入れの行き届いていない髪に、伸びっぱなしの髭を生やした男だった。彼が野盗か山賊かの区別は付かない。ただ彼がこの婦人を襲い、盗みを働いたことはすぐに分かった。


「さ、次の仕事だぞお前ら」


 男が右手を上げると、木の陰から部下らしき男が三名現れた。その中の一人は見覚えのある小箱を手に持っている。中身を見るまでもない、あの中には戦利品のピンクサファイアが入っているのだろう。


「レクシド卿、つまりあんたの主人がこんな辺鄙へんぴな村で商売やってるおかげでね、俺たちは良い獲物に巡り会えるんだ。今日は特に上質だな。なぁ、お客さんってのは何も金持ちだけじゃあないだろう?俺たちブッティル一味のような貧困層にも恵んでくれなきゃあ不公平ってもんだ」


 保哲の目線が動く。ブッティルと名乗る男、その部下との立ち位置を確認する。囲まれているわけではなく四人とも前方に立っている。逃げようと思えば逃げられるかもしれない。


「やめときなよ、振り切れねぇからさ」


 そんな彼の思惑を見透かすようにブッティルは言った。


「お前、これまで何も苦労しなかったタチだろう?親の臑齧すねかじりって感じが漂ってるぜ。俺たちは逆さ。……分かるよな?」

「……力ずくじゃ勝てないから、無駄な抵抗はするな。そういうことか?」

「はっはっは!心配せんでもお前は殺したりしねぇよ!なんたってお前には人質という価値があるんだ!運が良かったな?」


 ゲラゲラと笑う男たちを見て、保哲は込み上がってくる物を感じた。

 別に自分に正義感があるわけではない。彼らが殺人犯で窃盗犯でも、その行いを責める気にはなれないが、それ以前に彼らの心象を理解したくもない。


「格下のクズが……!」

「なに……?」


 ポツリと呟いた言葉にブッティルが反応する。


「空耳か?いや金持ちから見下されてるのは慣れてるんだが……人質にそう言われるのは初めてだな」

「なら、俺がその初めてになってやるよ」


 保哲はじっくりとブッティルたちを見渡す。片眼鏡モノクルの向こうで、彼らの顔が不快に歪んでいくのが分かった。


「自分が相手より苦労したからだとか、相手が親を頼っているからといって威張る理由になるのか?楽な人生を送って何が悪い?他人の苦労を願うような捻くれた人生観を持つよりか、よほど良いと思うがな」

「野郎っ!!薄っぺらな一端いっぱし気取りがぁぁぁッ!!」


 ブッティルたちの我慢が限界を超えた。剣を手に、四人がそれぞれ保哲に向かって襲いかかっていく。




「『アジアン千金・ミラクル』……!」


 片眼鏡モノクルの先で、保哲の瞳がキラリと鋭く光った。


「何っ!?」


 ブッティルには何が起きているのか理解できなかった。突如として体がズシリと重くなり、バランスを崩して転倒したのだ。体を支えようとしても、彼の手は固定されたかのように動かなかった。


「何だこれは!?」


 部下たちは?様子を見ようと顔を動かした所で眩しさを感じ、ブッティルの目が眩んだ。部下たちの体が太陽光を反射し、キラキラと輝いている。


「これは……ダイヤモンド!?」

「よく分かったな」


 ブッティルたちが着用していた衣服は、上半身部分だけが形はそのままにダイヤモンドへと変わっていた。袖を通しきった状態では腕を自由に曲げることも許されない。彼らにできるのは混乱と共に地面を転がることだけだった。


「お前……転生者だったのか!?そうか、合点がいったぞ!レクシドが成り上がったのは神の石の加護なんかじゃあない!お前の仕業だったんだな!?」

「……その通り」


 保哲が人目を忍んで山中へ入り、適当な石ころを媒体にする。ダイヤモンドに限らず、ルビーでもサファイアでも自由自在。そうして作り上げた宝石をレクシドが金銭へ変える。それが一周期サイクルだ。


「やはりな!親に寄生し続けて勘当された名前だけの貴族が、まともに成功できるはずがない!とんだ詐欺師がいたもんだ!」

「…………」


 保哲はしゃがみ込んで土を掬う。

 何が詐欺な物か、と保哲は思った。俺の宝石は本物だ。この世界に出回る大概の対抗馬に質で勝っている、紛れもない“ホンモノ”なのだ。

 何も気にすることはない。ブッティルの糾弾は劣等感だ。自分が持っていない物を相手が持っている、それが我慢できないだけのこと。


「俺より長い人生送ってるくせに、子供はお前の方じゃないか」

「何だと!?おい、その土をどうする気だ!?……うぶっ!?」


 両手いっぱいに掬った土がブッティルの顔を覆う。首を振り回して土を飛ばそうとするブッティルだったが、それは叶わなかった。


「っ!!ぶ……ぐっ!んぶううううっ!!」

「『アジアン千金・ミラクル』で土をダイヤモンドに変えた。お前らの欲しがった金目の物だ、喜んで死にな」

「ううううっ!ぐうううう……!っ………!」

「本当はお前ら自身を宝石にできればいいんだが、それは無理なんだ。命ってのは金で買えないプライスレスだろ?お前らの場合は無価値の意味になるがな」

 呼吸を妨げられてのたうち苦しむブッティルを尻目に、保哲は部下の方へ向かう。無論、両手で土を運びながら。




 二十分ほどの時間をかけて保哲は球状の石を選んだ。彼は土で顔を覆った人間たちを一瞥し、動かないことを確認すると、その場を後にする。その手には注文された商品が握られていた。

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