第3話 下働き

「取引成立ですな」


 レクシドはテーブルの上に積まれた金貨を前にニンマリと笑うと、後方に立つ付き人に指で指示を出した。ブツを持ってこい、無言でそう命じられるのも付き人にとっては慣れたものだ。

 ……そう、慣れてしまった。付き人としてレクシドに仕える市地保哲はギリギリと奥歯を鳴らす。


「一級品のピンクサファイアです。御婦人の美しさをさらに引き立てますよ」

「まぁ……!」


 向かいの席に座る貴婦人の顔が綻ぶ。商品を運ぶ付き人の表情に目もくれなかったのは、レクシドにとっては幸運だった。


「さすが神の石を持つだけあるわね。目の前で見ると一層、輝いて見えるわ……!」

「こんな田舎まで足を運んだかいがあったというものでしょう」

「えぇ、本当に」


 なんて醜い笑顔だろう、と保哲は思った。俺の人生はこんな奴を喜ばせるためのものではないだろうに。




「馬鹿者が!」


 貴婦人が館を出ると同時に、レクシドの怒鳴り声が響き渡る。


「何だ、貴様のあの表情は!あの女がへそを曲げたらどうするつもりだ!?貴様のせいで大切な取引が台無しになる所だったんだぞ!?」

「…………」


 保哲は何も言い返さない。レクシドは怒りをぶつけたいだけで、会話をする気など一切無い。彼はそう思っていた。


「前も私に同じ事を言わせたな!貴様も人間なら学習を覚えたらどうだ!?私への恩も忘れて足を引っ張りおって!」


 そう言ってレクシドは同じ言葉を繰り返す。保哲にとっては何度も聞いた話だ、今更になって聞く耳など持つはずもなかった。


 三週間も前の話だ。この世界に来た保哲は行く宛も無く山の中で倒れていた。空腹に耐えかねて食した果実には毒があった。死を間近に控えた彼を救ったのが、偶然通りかかったレクシドだったのだ。即ち保哲にとってレクシドは大恩人ということになる。

 ……以上がレクシドの主張だ。

 大ぼら吹きが、保哲は思った。レクシドが見つけたのは神の石で、その近くに偶然にも俺が倒れていただけなのだ。そしてオマケ同然に拾った俺をこうして側に置いているのは、俺に金を稼ぐ技量チカラがあるからだ。そうでなければ俺はとっくの昔に追い出されているだろう。

 大恩人だと?俺がいなければお前は貧乏人のまま一生を終えたに決まっているというのに。本当に相手を養っているのは、大恩人を名乗る資格があるのは俺の方だ!


「挙げ句の果てに何だ!貴様のせいでこの前は……!」


 話題が変わっても聞いたことのある話には変わりない。保哲は言葉を飲み込みながら拳を握る。

 あの件から一週間が経過した今になっても、レクシドの機嫌は全くもって治る気配が無い。


「分かっているのか!?貴様が盗まれたのは伝説の宝石、神の石だ!転生者だか何だか知らんが、世の中の一般常識くらい頭の中に叩きこんでおけ!!」


 ホームレスの少女に盗まれ、行方を眩ませた。その主張も怪しいものだ、と保哲は疑うような目つきでレクシドを見る。

 ……本当に盗まれたのか?少女の身体検査では何も見つからなかったと聞いているぞ。本当はお前が屋敷の中で、例えば本棚の裏にでも落としたんじゃないのか?お前の杜撰ずさんな管理体制は俺にはもう筒抜けだぞ。


「ふん、もういい!貴様のようなクズに自省を促した所で時間の無駄だ!これなら野良犬に芸を仕込む方が楽だというもんだ!」


 叫び疲れたのか、わずかに息切れしながらレクシドは言った。


「明日も取引がある。オパール、それも無色透明の品種だ。さっさと調してこい」

「……はい」


 溜息を何とか堪えて返事をする。なぜこの主人は前日になって急な指示を出すのか、保哲には不思議でならなかった。

 しぶしぶとした足取りで保哲は館を出る。後方からは聞かせる気のないレクシドの罵倒が続いていた。

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