第11話 毒突き
カチ、カチ、カチ!
「誰ダ、ダト?老イタセイカ?ソレトモ、蜂ノ知能ガ低イセイカ?私ヲ忘レタト……!?」
「言ってることが分かるのか」
雀蜂が顎を鳴らすのは攻撃を行う予兆だと聞いたことを、杯鬼は思い出す。どうやら魔物の場合は、その行為が会話も兼ねるようだ。
「せっかくだし説明してあげたらどうかしら?あなたのことを知らない人もいることだし」
「……ヤレヤレ」
ガブリエラがそう言うと、
「人間ノ血デ真紅ニ染マル私ノ薔薇モ無名ニナッタナ、コレガ数百年ノ月日トイウワケカ……」
「あいにく人間の歴史に遺されるのは人間だけ、魔物は風化するものよ」
「ソノ結果、アノ頃ニ戻ッタワケダ。私タチ魔族ガ人間ヲ淘汰スベク征服ニ踏ミ切ッタ時代……平和ニ溺レタ人間ドモガ、為ス術モナク死ンデイッタ、アノ栄華ノ時代ニ!尤モ、貴様ハ何ノ興味モ抱カナカッタガ……ソウダナ?」
「ギギギ……!」
呼びかけられたスティング神は足をばたつかせ、茨からの脱出を図っていた。
「【
ズブッ!
「ギギャァァァァァァァッ!!」
しかし周囲を覆う茨の棘が一斉に伸長し、スティング神に更に深く食らいついた。
「私モ魔族トシテ、人間ヲ葬ルベク巣立ッタ。ソシテ選ンダノガ、コノ国ダッタ。森ニ居ヲ構エ、森ノ動物タチヲ殺シテ、エネルギーヲ蓄エタ。ソシテ、攻撃ヲ開始シタ」
「『茨の彷徨』だな。俺がお前のことを知るきっかけになった。種族名は書かれていなかったけどな」
「忌々シイ話ダ……!ダガ、モット忌々シイノハ貴様ダ!」
そう言って彼女は、スティング神を指差す。
「魔族ニ協力セズ、好キ勝手ニ毎日ヲ生キルダケノ貴様ハ、私ヲ殺スコトモ
「そ、それでは……!」
マーシュ神父が身を乗り出す。
「スティング神は我々を救ったのではなく……」
「タダ、害虫ヲ駆除シタダケダ。救ッタトシタラ、ソレハ自分ノ餌場ダ」
「…………。そんな……そんな程度の……」
「ま、待ってよ……!」
膝を落とすマーシュ神父に続き、近藤が声を上げる。
「なら、今回はどうなの!?あたしたちが何をしたっていうの!?森の動物なんて一匹も……!」
「何を言っているの?一匹も残らず殲滅したくせに」
「え……!?」
その言葉を聞いて、近藤が目を見開く。
ガブリエラが言わんとすることは明らかだった。
「
「クレム王国を脅かしたから仕方ないって?考えてみなかった?なぜ彼らが略奪を行ったのか?武器、防具、食料、時には一人の命。彼らは必ず、それ
「……!!」
近藤も疑問には思っていた。
「武器や食料は
「……まさか、生贄……?スティング神の空腹を満たす身代わり……」
「私の考えを聞かせましょうか」
この地に住み着いた
他に行く宛も無かったのだろう、彼らは生き延びるために、スティング神と戦う道を選んだ。そして武器や防具を求め、略奪に走ったのだ。
しかし、時間は有限だった。いつスティング神の我慢が限界を迎えるか分からないのだ。装備品を揃えるより先に、戦いを始めるわけにはいかない。そのためには、スティング神を抑制するための餌が必要だった。仲間内から犠牲者を出すわけにも行かず、彼らは人間を拉致する手段を選んだのだ。
「どうかしら?」
ガブリエラの言葉に、近藤は何も言えずにいた。
自分たちに非があるとは思っていなかった。クレム王国は略奪の被害を受けているのだ。その解決を引き受けた以上、自分たちの行いは至極当然だった。
しかし、自分たちが
分からない。自分たちは正しかったのか、間違っていたのか。
「ふん、お前たちは間抜けだって話さ。好き勝手に藪をつついて大蛇を出したんだ。それでいて蛇の対処はできずにお手上げときた。何が勇者なものか、ただの無責任な負け犬じゃないか」
「そ、そんなのって……!」
近藤の声は、いつしか泣き声に変わっていった。杯鬼の嘲りが心に深く刺さったのは明らかだった。
「あんな奴らの後始末をしなきゃならないとはな……」
「ナゼ不機嫌ニナルンダ?上ガ好キ勝手ヤッテ、尻拭イハ嫌ワレ者ノ下ッ端ガヤルンダ。人間社会デハ当タリ前ノコトダロウ?」
「ちっ……!」
嫌味たっぷりに笑う
「我々に、魔物と協力する心構えがあれば事態は変わっていたのでしょうか……」
マーシュ神父がポツリと呟く。
「ククク……笑ワセルナ、人間ゴトキガ。貴様ラノ手ヲ借リルナド、魔族ノ誇リガ許サヌワ……!」
「俺がいなければ、お前は存在すらできないわけだがな」
「チッ……!」
お返しとばかりに煽る杯鬼に、今度は
「コノ屈辱……元ヲ辿レバ貴様ガッ!」
スティング神の胴に茨が絡みつき、締め上げる。
「【
「ギッ!ギギッ!ギギャギャギャ……!」
茨の色が、根本から徐々に紫色に変わっていく。杯鬼は、すぐにそれが毒素だと理解した。
染み込んだ毒素が、スティング神を縛る茨へと移っていくと、その肉体から煙が上がり始めた。
「モハヤ動ケマイ、時間ノ問題ダ」
茨から解放されたスティング神が地面に落下する。痙攣と停止を断続的に繰り返す様子は、まるで夏終わりに見るセミのようだった。
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