第5話 見学

「噂によればこの辺りね」

「なぁ、リエラ……一つ聞きたい」

「何かしら?」

「なぜ俺たちはこんな所に来たんだ?」


 早朝、杯鬼の部屋を訪ねたガブリエラは、行きたい場所があると言って彼を連れ出した。てっきり別の教会かと思った杯鬼だったが、今や彼らの姿は深い森の中にあった。


「まさかスティング神と関係があるとか言わないよな?蜥蜴人リザードマンが出るって噂の森だぞ!危険すぎる!」

特訓レベリングよ、言わなかった?」

「……あぁ、そういえばあんたは旅人だったな」


 冒険者が、自身の成長や報酬を求めて魔物を討伐するのは至極当然のことだ。


「何を言ってるの?杯鬼くん、あなたの特訓レベリングよ?」

「……は?」


 杯鬼は初めて、開いた口が塞がらないという症状を体験した。

 特訓レベリング。杯鬼にとっては縁のない言葉だが、勉太たちの会話を盗み聞いて実態は把握していた。

 魔物を倒すことで、ステータスが上昇する。そして、その上がり幅はステータス補正に依存するというものだ。


「時間の無駄だ、リエラ!俺のステータス補正はゴミなんだぞ!いくら特訓レベリングした所でたかが知れている!固有スキルだって戦闘になればお荷物だ!」

「あぁ、もう!頭が固いわね!」


 ガブリエラは呆れた手付きで首を横に振る。


「どうして転生者というのは、こうも数字に拘るのかしら?成長するのはステータスだけじゃないでしょうに」

「ステータスだけじゃないって、他に何があるんだよ!?そんな短時間で身につくようなものが……」

知識ここよ」


 食い下がる杯鬼に対して、ガブリエラは人差し指で自身のこめかみを突く。


「あなた学生でしょ?勉強を忘れてどうするのよ?現役の特技でしょ?」

「……そうだったな、そんなこともあったっけ」

「しっかりしなさいよ」


 目の前の女性の言葉は杯鬼の胸を強く揺さぶっていた。同じ批判の言葉でも、勉太たちに向けられたものとはまるで違う。そこには温もりがあった。

 これが叱咤激励というものか、と杯鬼は思った。


「リエラ、もう一つ聞かせてくれ。どうして俺に……俺なんかに親切にしてくれるんだ?」

「うーん、そうねぇ」


 しばらく考えた後、ガブリエラは言った。


「私の使命かな。あなたが表舞台に出られるように導いてあげないといけないなって」

「意味が分かんねぇ。あんたの使命は神を解き明かすことだろ?」

「うふふ」


 ガブリエラは曖昧にはぐらかすだけだった。


「私の事情もいつかは教える時がくるでしょうけれど、今ではないわ。敵が来たわよ」

「えっ?」


 リエラの視線を追う。一匹の魔物が立っていた。ワニのような顔で、人型の体型をしているも全身は鱗で覆われている。右手には宝飾品が埋め込まれたサーベル、左手には打って変わって板を重ね合わせただけの安物の盾を持っている。

 ──蜥蜴人リザードマンだ。


「グルルルル……!」

「怒っているわね」

「縄張りを荒らされたからだろ」

「それもあるかもしれないけれど、あるいは……」

「グオオオオオオォォォォォォ!!」


 思考を巡らせるガブリエラに対して、蜥蜴人リザードマンが飛びかかる。

 だが、彼女は顔色一つ変えず、右手を蜥蜴人リザードマンかざして発声した。


「【突風打ガスタッド】」


 ブワッ!


 途端、宙を舞っていた木の葉が一斉に蜥蜴人リザードマンへ向かった。咄嗟に盾を突き出して身を守ろうとする蜥蜴人リザードマンだったが、その左手は見えない何かに掴まれたかのように、後方へ引っ張られている。


「グガァッ!」


 蜥蜴人リザードマンがサーベルを地面に突き刺し、膝をついた。そうでもしなければバランスを崩して派手に転倒していたに違いない。

 もっとも、転倒を避けた所で隙ができたことには変わりないが。


「【爆炎灯ブラストーチ】」


 ガブリエラが再び発声する。ボン、という音と共に彼女の右手から炎が吹き出した。赤黒く染まった炎は真っ直ぐに、蜥蜴人リザードマンへ向かって突き進んでいく。

 炎とは放射状に広がるものではないのか?杯鬼にとっては不思議な現象だった。火の玉ストレートという表現を聞いたことがあるが、目の前で起きているのはまさにそれだった。


 ボンッ!


「グギャァァァァッ!!」


 右肩を炎で貫かれ、蜥蜴人リザードマンはサーベルから手を離して倒れ込んだ。


「これがリエラの固有スキル……?」

「……いいえ、これは魔法よ。そうか、杯鬼くんは初めて見るのよね?」

「魔法?固有スキルとは違うのか?って、それよりも火!」


 メラメラと燃え盛る炎が、あっという間に大きくなっていく。何せ森の中だ、周囲のもの全てが燃料に成り得る。


「慌てないで」


 その一言と共に、広がり始めた炎は一瞬で姿を消した。


「魔力の放出を止めれば、すぐにでも解除されるわ」

「そ、そうなのか……焦った」

「大体、私は自分が転生者なんて言った覚えは無いけれど?」

「あぁ、そうだったな。固有スキルは転生者だけが使えるんだった」

「その通り。選ばれた人だけの才能よ」

「…………」


 才能と評された所で杯鬼は喜べなかった。自分の固有スキルと比べれば、ガブリエラの魔法の方が遥かに優秀に見えた。

 そんな杯鬼の心中を察したのか、彼女は優しい笑みを浮かべると、周囲を見渡して言った。


「固有スキルには魔法に無い利点があるわ。例えば、魔法は魔力が尽きれば使えなくなる。いくら鍛錬を積んで魔力を伸ばした所で、いつかは儚く解けてしまう、シンデレラのようにね」

「でも固有スキルは魔力に依存しない……?」

「そう、それがどういうことか分かる?」

「……まさか」


 発動するにあたって必要となる消費エネルギーは無し。同様に、発動してから持続する上で必要な消費エネルギーも無し。


「何度でも、何時までも……?」


 杯鬼から言葉は続かなかった。ただ、ほんの少しだけ、彼の表情に柔らかさが戻っていた。

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