第2話 根無し草
「……はぁ」
杯鬼は思った。もしも自分に実力があれば、今頃は勉太たちと共に持て囃されていたのだろうか?
何度、同じことを考えたか分からない。そしていつも決まって同じ結論に辿り着く。
答えは“否”だ。何せ、杯鬼には協調性という物が無いのだから。
杯鬼は、勉太とは正反対の存在だった。周囲の人間とは常に一定の距離を保ち、自分一人で歩み続ける学生生活を送っていた。同級生を友達と呼んだことなど一度も無かった。もちろん勉太や取り巻きの三人組とも接点は無い。ただ一度、学校帰りに同じ道を歩き、同じ交通事故に巻き込まれたことを除いては。
「どうして、あんな奴らと……」
一人なら、どれほど良かったことか。自分が生まれ変わるきっかけとなり得たかもしれない。しかし、勉太たちの存在が杯鬼の変化を妨げてしまった。元の世界の関係性が後遺症となり、杯鬼を蝕み続けているのだ。
加えて杯鬼の場合は、実力も欠落していた。ステータス補正は平凡に程遠く、固有スキルに至っては勉太が匙を投げるレベルだった。
「くそっ!」
足元の石を蹴り上げる。これで何が変わるわけでもない。ただ一時的に怒りを発散するだけだ。
「いてっ!」
「あっ」
杯鬼は思わず息を呑んだ。筋肉質の荒くれが二人、こちらを睨んでいる。露出した太い腕には、切り傷のようにも見える染みが目立っている。
何が変わるわけでもないと思ったのは間違いだったか。杯鬼は心の中で嘆いた。
「何の真似だ?勇者に捨てられたクズ野郎が!」
「ハッ!お前をブッ殺しても勇者様は困らねぇってわけだ!」
荒くれは指の関節を鳴らしながら、のしのしと近づいてくる。既に杯鬼が孤立していることは知れ渡っているらしい。
「ごめんなさい。これで許してください」
こんなときに杯鬼がすることは決まっていた。深々と頭を下げて謝罪するだけだ。いつのまにか、その右手には色艶の良いオレンジが握られている。
「ああん?」
「ふざけやがって!」
見えない角度で杯鬼は舌打ちした。詫びの言葉に詫びの品、これ以上、何が足りないというのか。
仕方ない、一か八か逃げるとしよう。人混みの多い場所に出られれば、こいつらの戦意も失せるだろう。杯鬼は頭を上げ、踵を返そうとする。
──その時だった。
「ぐえぇっ!!」
ガツンという鈍い音に次ぎ、荒くれたちの悲鳴が聞こえた。杯鬼からは、手のひらほどの大きさの石──それも血液の付着した石が、地面を転がってくるのが見えた。
荒くれたちは頭頂部から血を流し、地面に突っ伏していた。殴られた、というよりは投げつけられたのだろう。それをやったと思われる人影は、杯鬼から数メートルは離れていた。
「ちょうど喉が乾いていたのよねぇ」
女性だった。フリルのついた白いドレスに身を包み、その素肌は染みや日焼けが無く、純白そのものだった。腰まで伸びた髪色は白髪というより銀髪に近かったが、それでもその女性を“白い”と表現することには変わりなかった。その一方で生気が無いという印象は感じず、まるで一面の雪景色のような美しさを覚えた。
「それ、貰ってもいいかしら?」
「え?あ、ああ……」
女性がオレンジを見つめていることに気づく。見返りを求めていることは、杯鬼にもすぐに分かった。
「なかなか珍しいのよねぇ」
女性がオレンジの皮を剥きながら言う。
「こんなに新鮮な果物は山の中に行かないと手に入らない。市場に出回る頃には、大抵は鮮度が落ちてしまうものね。うん、甘い」
「……あんたは誰だ?この辺りの住民か?」
「私はただの旅人よ。
「そうか、道理で……」
自分なんかを助けたわけだ、勇者に成り損なった自分なんかを。杯鬼は心の中で自虐的に発した。
「そうね、こうして会えたのも何かの縁。いろいろ教えてもらってもいいかしら?」
「礼ならやっただろ」
「何よ、冷たいわね。この辺の美味しい物とか聞きたいのに。あなた、路地裏には詳しいの?穴場のスポットとかあったら教えてほしいわ」
「うるさい!これ以上、俺に構わないでくれ!碌なことにならないぞ!」
「あなたが落ちこぼれだから?」
「え……」
一瞬、杯鬼は言葉を失った。
「あなたが転生者なのは見て分かるのよ。噂の勇者様も一緒ね。すると必然的に、両者の格差に関して疑問が生まれる。大抵の場合、理由は一つだけどね」
「ぐ……」
何も反論できない。杯鬼の事情など、目の前の女性には全てお見通しなのだ。
「ところで、さっきのオレンジだけど、どこから採ってきたの?あるいは誰から盗ってきたの?」
「何だよ、いきなり急に……!いや、もういい」
新鮮な果物を手に入れる手段など限られている、と先ほど話が出たばかりだ。ましてや一人ぼっちの落ちこぼれに、そんな手段があるはずもない。
「どうせ分かってるんだろ、俺の固有スキルだ」
「ふぅん」
「俺が頭に思い描いたら、その果物が出てくる……」
杯鬼の右手に桃が出現する。杯鬼はその桃を力任せに地面に叩きつけると、絞るように叫んだ。
「分かるか!?ゴミスキルなんだよ!使い道が無いと一蹴されたんだ!名前すらつけてない!」
「あらあら、もったいないことするわね。せっかくの食べ物を」
「もういいだろう!こんな俺なんか何の価値も無い!放っておいてくれ!」
「……そうかしら?」
女性が潰れた桃の残骸を拾う。その顔にはわずかな笑みが浮かんでいた。
「捨てる神あれば拾う神あり……あなたの才能を拾う神がいるかもしれないわよ」
「は……!?神って……ふざけてるのか?」
「まだ名乗ってなかったわね、私はガブリエラ・シニストラル。今から、この国の神に会いに行く所……」
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