転生者各位、神の御加護を御所望ですか?

青山風音

第1章 木を見て森を見ず

果物を生むだけの役立たず!追放されて途方に暮れていたら神頼みを勧められました

第1話 花盛り

「勇者御一行のお帰りだ!」


 城壁の外から響く門番の叫び声に、住宅街の扉が次々と開け放たれる。開かれた門を帰還者が抜ける頃には、既に通り道は歓声で溢れていた。


「すごい人だね」

「ね、出待ちなんて初めてなんだけど」

「あたし、夢が叶っちゃったわ。アイドルになりたかったの」

「あっはっは!アイドルはナイフ片手に猿みたいに飛び回ったりしないよ!」


 爛々とした目で人々に手を振る三人の女性は、いずれも短髪で同じ型の服に身を包んでいた。異世界の住民が好んで着用する、その衣服は学生服という名で浸透している。

 彼女たちのスカートから覗く両足や、半袖の腕に肉付きはあまり無い。それこそが、彼女たちが戦いと無縁な世界で生きてきた何よりの証拠だった。


「あまりはしゃぐなよ」


 三人組の後ろを歩く男性が呟く。女性用とは異なる形状ではあるが、それもまた学生服と呼ばれる格好だ。


「分かってるよ、勉太べんた


 水を差す男性の一言に、三人組は静かに従う。それもそのはず、兄後あにご勉太べんたこそがパーティーのリーダーであり、勇者と讃えられる人物なのだ。

 スラリとした長身と、大人びた顔立ちに映える黒縁のメガネは、勉太を年齢以上の外見に仕上げている。見た目に違わず学校内の成績は常に上位に位置しており、女生徒からの人気は高い。

 そんな勉太を更に輝かせたのは異世界転生の恩恵であった。転生した人間たちに与えられるステータス補正と固有スキルが、勉太の地位を確固たるものとしたのだった。

 類稀なる才能か、はたまた強運か。決して得意ではない運動力は大幅なステータス補正によって補われた。今の勉太であれば運動競技であっても上位の成績を取れるに違いない。

 そして彼が手にした固有スキルは所謂、全体強化だった。自身はもちろん、他の女生徒たちの成長に大いに貢献したことで、グループ内における彼の地位が確立したのである。


「勇者様、本日の首尾は?」

「上々だ」


 肩からぶら下げた袋を兵士に渡し、勉太は言った。


「クレム王国をおびやかしていた蜥蜴人リザードマンたちは既に全滅寸前!今日だけでも三つの巣を潰してきた!王国民が平和に暮らせる日常も、そう遠くは無いだろう」

「おお!」


 勉太の報告に、周囲を囲む民衆は歓喜の声を上げる。中には両手を合わせて拝む者まで現れ始めた。


「様になってるね、さすが勇者様だよ」

「僕だけの力じゃないさ。そうだろ安田」

「そりゃあ……」


 照れくさそうに頬を掻く安田と呼ばれた少女に、勉太はニコリと微笑んだ。


「安田のおかげで、僕たちは蜥蜴人リザードマンの巣を見つけることができた。生き残りを一体も逃さなかったのも……」

「あたしの索敵スキル『敵地探知ホーネット・ホール』の成せる技ね」

「あぁ、それに近藤の運搬スキル『貨物運搬ディスコ・トレイン』があったからこそ、奴らの資源を全て持ち帰れた。相澤の弱体化スキル『千鳥足リキティ・レース』だって、それ無しでは蜥蜴人リザードマンと渡り合えなかったかもしれない」

「あっはっは、褒められた!」

「荷物持ちにしかなれないと思ってたのにね」


 勉太の言葉に、三人組の女生徒たちも笑顔で答えた。

 初めは三人とも不安だったのだ。ステータス補正は勉太ほど突出した数値ではなかった。

 安田は酷く臆病だった。彼女の『敵地探知ホーネット・ホール』は、敵の位置や数が分かる能力ではあったが、彼女自身に抵抗する力は備わっていなかった。彼女一人では、ただ身を隠して逃げ続けるだけで精一杯だったのだ。

 近藤は自分が嫌になっていた。その『貨物運搬ディスコ・トレイン』で生み出した物体は、一見してただのスーツケースだった。実際は見た目以上の容量を収納できる便利さがあったが、それでも彼女は雑用にしかなれないだろうとため息を付いた。あるいは、雑用にすらなれないかもしれない。仲間たちは、スーツケース以上の価値を彼女自身に見出してくれるだろうか。

 相澤もまた、自分の無力さを嘆いた。異世界で生きていくにあたって、彼女が求めたのは戦闘に勝利するための力、すなわち殺傷力のある能力だった。しかし、彼女の『千鳥足リキティ・レース』は相手の足をもつれさせて転倒させる能力だった。一体、何をどうしたらこれで魔物を死に至らしめることができるというのだ。


「そうさ、あたしたちは所詮、脇役だった。主役というのは勉太みたいに、誰からも尊敬される人でないと務まらないと思っていた」

「でもそれは違う」


 近藤の自虐的な言葉にも、勉太は平然と言ってのける。


「僕たちは皆が主役だ。僕の『 一 斉フライト・蜂起オブ・ジンガー』がそれを証明している」

「そうだよ!勉太の能力のおかげで、私たちは戦闘能力を得られたんだ!刃物は包丁くらいしか持ったことのない私たちが、ナイフを片手に魔物を追跡して、仕留めることができるようになった!」

「大したことのないステータス補正も、レベルアップを通じてどんどん上がっていったよね。塵も積もれば何だっけ?」


 手を振り回す相澤に、小首を傾げる安田。そんな彼女たちを見て勉太は思った。今はまだ未熟な一同かもしれない。でも、自分たちは最高のチームだ。


「ただ、まぁ……」


 勉太の視線が通りの一点で止まる。自分たち勇者の帰還を無表情で迎えているのは、彼一人だった。


「五人全員で戦うものだと思っていたけどな」


 その声に賛同する女生徒はいなかった。

 薄汚れた学生服の男はじっと勉太の方を見つめている。民衆から溢れる喜びの空気を、まるで毒気のように避けているのだ。


駒島こまじま杯鬼ばいきくん」

「…………」


 名前を呼ばれた男は、勉太に向かって右手を差し出す。赤々としたリンゴが一個、乗っていた。勉太は学生服の内ポケットから銀貨を一枚取り出すと、彼の足元に放り投げて言った。


「そろそろ僕らに構わないでもらえるかな?」


 返事を待つことなくリンゴを手に取ると、勉太たちは民衆の元へ戻っていった。

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