第68話 妹の独白。

 え―っと、ここがこうしてこうなるから………答えは、2x-3。


 答えのページを捲るが違う。


 もぉーやだ、勉強したくない。だけど、このままじゃ来年、お兄ちゃんと同じ高校に行けなくなっちゃう。

 

 教室には私と同じように問題集を解いている人が数人。なんだか全員が私より頭が良く見えてしまう。


 あぁ、あの人はお兄ちゃんたちと同じ高校に行けるくらい頭が良いんだろうな、とか。

 

「はぁ………」


 深いため息が無意識に出てしまう。

 

「頑張ろ」


 もう一度、気合を入れなおし問題を解くこと、数時間。外はいつの間にか暗くなっていて、残る生徒ももう私しかいなくなっていた。


 今頃お姉ちゃんと、お兄ちゃんは何しているんだろう。


 なんだか、私だけ、取り残されていて今の状況と重なって、より私の心を暗くする。


 助けを求めるように、カバンに入れている家族写真を見る。最近の私の心の支えになっているものの一つだ。


 私の隣で少し照れながら手を振っているお兄ちゃん。そっと撫でる。いつの間にか私の心の中の比重の大半を占めているお兄ちゃん。でも、お母さんもお姉ちゃんも当たり前だけれど大好き。それと、お義父さんも。


 沈んでいたきもちが少し楽になり、流石に暗くなってきたから帰る準備を始める。時計を見るとあと少しで七時になりそうだ。


 薄暗い廊下。誰もいなくなった教室の鍵を閉め職員室に向かう。


 階段を下りる音でさえなんだか、心をざわつかせる。


 急いで職員室に向かい、カギを返す。


「あぁ、新條さん、偉いね。気をつけて帰ってね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 私は、あの男の先生が苦手だ。と言うか、嫌いだ。下心が透けて見えているし、気持ち悪い。関わりたくない。


 挨拶もそこそこに職員室を出て下駄箱から靴を出す。もう運動部の人たちもいないのか聞こえてくる声はない。


 しぜんと歩くスピードが速くなる。


「明音ちゃん」

「…え?」


 そして、聞き慣れた私の好きな人のこえが聞こえる


「お勉強お疲れ様」

「え、あ、うん」


 そして、ジュースを渡される。何でここにお兄ちゃんがいるの?私は呆然としてしまう。


「なんでここに、お兄ちゃんがいるの?」

「え?明音ちゃんを迎えに来たんだよ?夕飯も作り終わってるし、そろそろ帰ってくる頃かなっと思って、迎えに来ちゃった」


 そう笑顔で言うお兄ちゃんに私は胸が熱くなり、どうしようもなく鼓動が高鳴っていた。


 心のどこかで私だけお兄ちゃんから一番遠い存在になってしまうのではないか、私のことなんて………と思っていた私が馬鹿みたいだ。


 お兄ちゃんは私のことをよく見てくれている。そのことがたまらなく嬉しくて頬が緩む。


「もしかして、嫌だったかな?」

「嫌じゃないよ、ほんとにありがと」


 そっと、手を伸ばしてお兄ちゃんの手を握る。するとしっかり握り返してくれて。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、今日の晩御飯って何?」

「えぇ―っとね、カレーかな」

「ふふっ、楽しみ」


 お兄ちゃん、もう少し待ってて、必ず伝えて見せるから。

 





 



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