第62話 約束
「じゃあ、行ってきます」
「行ってくるね」
「行ってきます」
母さんが優しく微笑んで送り出してくれる。
僕の車いすを押してくれているのはご機嫌な明音ちゃんだ。対照的に凛さんは少しだけむすっとしていてそれが僕のためだと思うと何だか微笑ましくて口元がだらしなくなってしまう。
ついさっき、僕の車いすをどっちが押すかで二人は色々勝負をしていたみたいだけれど結局勝負がつかなくて、最終的にじゃんけんで明音ちゃんが勝って今の状況に至る。
「それで、どこに行きたいの?」
「もうちょっと、先かな」
ゆったりと進む。
僕の行きたい場所を察してくれた二人は何とも言えない顔をして押し黙って僕の意見を尊重してくれる。
ふと横を見ると、誰かの庭から伸びた木の枝の先に付いている葉が少しだけ黄色見がかっていた。
植物から段々と瑞々しい色が落ちていき、多分はっとした時には赤や黄色に色付いている。季節は夏から秋に代わっていくのを肌で感じるさせる。
ゆったりと三人で歩いているような感覚に陥り、自然とそこに会話はなかったけれど心が落ち着いていた。
なんだか、母さんたちと出会ってからの一年は長かったような短かったような、そんなどこにでもありそうな言葉だけれど、僕にとってはそれが一番しっくりくる言葉だ
「あとちょっと、かな」
多分、そこに行けば、明音ちゃんがくれた質問「なんで、兄さんはそんなに優しいの?」その答えを出せるような気がする。
なんでそんな事に執着するのか。僕もあんまり分からない。
だけれど、家族だからって言う理由だけじゃない気がする。それが知りたいだけ。言うなれば僕の我儘だ。
段々と近づき、僕が怪我した階段が見える。
正面から見据えて………………っ。
「っ。…」
「大丈夫!?お兄ちゃん」
「……大丈夫…かな」
酷い頭痛の後、ぼんやりとその嫌な記憶は浮き出てきた。
そうだ、あの時僕は、咄嗟に母さんを庇って落ちた。そこは聞いた時からすんなり頭に入った。その光景も今思い出した。
そして、落ちるときに、正確には頭を打ち付けながら転がっているときこう考えていた。一種の走馬灯なのかもしれなかった。
「…。…どうしたの?お兄ちゃん」
「結人?」
「………前さ、明音ちゃんがこういったよね。『なんでお兄ちゃんはそんなに優しいの?』って」
「え?…うん」
「あれから、そのことを考えていてね。やっとその答えが分かったんだ。……僕は…」
—僕は、誰よりも弱いって
誰よりも家族を、友達を手に入れた物を手放したくない。そう思う人間だ。違うか、思うようになった人間だ。
僕は優しいんじゃない。怖がりで弱い。だから自分の事は二の次なのだ。
誰かに死んでほしくない、いなくなって欲しくない。悲しんで欲しくない僕が見たくないから、失いたくないからそうする。
僕がいなくなった後に自分が見たくないもの知りたくなかったものを押し付けて。
過剰なまでに自己を肯定できないのはそのせいだ。
一度、母さんの手のぬくもりを知ってしまった。最初は冷たかったけれど、欲しかった兄妹もできた。知らなかったことを沢山知った。
やっと、僕もみんなと同じになれたのだ。母さんがいて、父さんがいて。
小さい頃から見てきただけだったことが現実になったのだ。だからどうしようもなく怖くなった。
元に戻ることが。だから、これは優しいとかじゃなくて。………自己防衛だ。
「だから、僕は優しいとかじゃないんだ……」
思いを告げる。正直、嫌われても構わない。僕がそう思ったから、隠したくないから言った
結果的に、僕は自己中心的なかんが—
「お兄ちゃん」
「結人」
二人に頬を片方ずつ抓られる。
「また、何か余計なこと考えているしょ?お兄ちゃんは、お兄ちゃん自身が優しくないって思ってても私は優しいって思うよ?だってほらっ。今はお兄ちゃんにこんなふうに手だって握れる、こんなふうになれたのもお兄ちゃんが私があれだけ拒否したのに優しく接してくれたからだよ」
「だってそれは—自分のためだかー」
「結人」
今度は強く凛さんに頬を引っ張られる。
「結人は、優しいの!そして、かっこいいの。誰になんて言われようと、結人自身がどう思おうと、そうなの。分かった?」
「…。…」
「大体、そもそもが可笑しいの。私たちは、絶対結人の前からいなくなったりなんてしない」
凛さんと笑顔でそう言う。
「結人が自分を認められないんだったら私が何度だって、認めてあげるし、褒める。結人はすごいんだぞって」
「良いのかな……。こんな奴でも」
「良いの。と言うか、もっと、自己中心的になって。自分の事をよく考えて。結人がちゃんと自分がいなくなった後の事とか分かってるなら、私からは言う事はないから」
いつの間にか頭を撫でられていた。
「—ただ、結人がちゃんとそのことを分かっているのなら、約束して?」
「…はい」
「絶対に自分の命を優先して。これだけは絶対だよ?あの時本当に悲しかったんだから」
「私からもお願い」
………できるだろうか。いや、しなくちゃダメだ。明音ちゃん達を悲しませたくない。だから、絶対守らなくちゃな。
「指切りしよ?」
「私もする」
二人が小指を差し出してくる。二人の小指をそれぞれ結ぶ
「嘘吐いたら、お兄ちゃんののこと絶対許さない」
「結人の後を追って私も死にます」
「ちょ、ちょっと待って」
「「指切った」」
「これで、いい訳しちゃダメだよ?」
「絶対だから」
二人は笑っているけれど、いまでは顔の表情で大体どんな事を思っているのか分かる。
二人とも『絶対だから』と本当に心の底から不安そうな顔をしている。
僕も正直不安だけれど、言わなくちゃ。
「絶対です」
「うん!」
「約束よ」
三人で帰路に就く。
いつの間にか、夕方になっていて空は赤く染まっていた。
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これで第一章と言うか、一話に戻るまでが終わりです。入院中の事とか、もっと書けば、もう少し話数が増えるでしょうけれど(書いて欲しいって声が多かったら、一、二話、書くかもしれないです)
これからもよろしくお願いします。
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