第60話 蚊帳の中

「結人のためにお見舞いに来てくれてありがとね。篠崎さん」

「でも、ちょっと、お兄ちゃんとの距離が近くないかな?」


 二人が、僕の手を握っている篠崎さんに何故か凄みのある声で言う。


「そうかな、いつもこのくらいなんだけれど」


 なんで、そんなに急に嘘を吐くんですか、篠崎さん。いつもはもうちょっと距離が遠いと思うんだけれど。


「そうなの?結人」

「違うよね。お兄ちゃん」

「そ、そうだね。いつもはもうちょっと距離が遠いかな」

「えー、そうだったかな?」


 なんで、また嘘吐くの!?


 不味いな。なんだか、良くない方向に行っている気がするから話を変えないと


「えっと、篠崎さんは勉強大丈夫なの?」


 無理やり、話を変えたけれど未だに二人の視線がちょっと痛い。


「え~っと、そうだね。入りたい高校には一応入れるくらいには勉強はしているつもり。それと、結人君は二学期は…学校に来れないよね?」

「途中からはいけると思います」

「そっか…じゃあ、それまで私が毎日ここに来るね?」

「え!?そ、それは篠崎さんに悪いよ」

「そうね、だから私が勉強の面倒を見てあげるから、わざわざ来なくても大丈夫よ」

「そうだね。私もそう思う」


 明音ちゃんと、凛さんが僕の援護をしてくれている。ありがたいけれど…なんで、三人ともそんなに睨み合っているの?


 凛さんは冷たい声音をしていて、明音ちゃんはじっと篠崎さんを見ている。


 篠崎さんは篠崎さんで、余裕そうな顔で不敵に笑っているし。


「結人君は、私がお見舞いに来たら嬉しい?」

「えっと…それは、来てくれたなら嬉しいですけれど…」

「ふふっ。ありがと。なら、行くね」

「結人…」

「お兄ちゃん…」


 ジト目で二人に見られる。


 流石に篠崎さんに申し訳なさすぎるもんな。


「えっと、でも…毎日来なくても大丈夫ですよ」

「…私、迷惑かな」


 不安そうな顔をされると弱い。いいですよと言ってしまいたくなるけれども…。


「いや、迷惑では全然ないんですけれど。申し訳ないって言うか、なんというか」

「全然大丈夫だよ。私と結人君の仲じゃない」


 そう笑顔で言われると、強くは言えなくなってしまう。それと、何故だか二人の目が怖い。すごく冷たい目で篠崎さんを見ている。まるで僕と最初会った時みたいな目だ。


「…はぁ。このままじゃ埒が明かないから、こうしましょう。篠崎さんは一週間に一回お見舞いに来るってことで」


 凛さんが、困った僕をそっとカバーしてくれる。


「……そうだね。じゃあ、そうしようかな」


 少しだけしょんぼりしていて、僕としては少しだけ心苦しい。申し訳ないとしても、篠崎さんは善意でそうしようとしてくれただけだから。


「ありがとね。篠崎さん。僕のために」

「…。…志保」

「え?」

「志保って呼んで。そうしてくれないと嫌だ」

「…ありがと、志保」

「うん!」


 膨れっ面から、一気に笑顔になってなんだか可愛いなと思った。


「あ、もうこんな時間。そろそろ、塾が始まるから。また来週。ちゃんと良い子にしてなきゃだめだよ」

「志保は僕のお母さんか」

「ふふっ。またね。それじゃ、凛さん、明音さんもまた」

「ええ、また来週ね?」

「そうですね」


 凛さんは目が笑っていなくて、篠崎さんは篠崎さんで笑顔なんだけれどなんだか少し怖い。


「じゃあね、篠崎さん。あと…この前はありがと。負けないからね?」

「ふふっ。このくらいのハンデがあった方がいいかなっと思っただけだよ」

「そう言って負けても文句は言わないでね?」

「大丈夫、負けないから」


 明音ちゃんは明音ちゃんで、なんだか闘志を燃やしているし。


 何か勝負でもしているのだろうか。僕も入れて欲しかったな。なんだか蚊帳の外だ。


 

 

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