第56話 ありがとう。
「結人君、ごめんね、私のせいで」
「もう、大丈夫ですから」
「結人、よく頑張ったな」
母さんは僕を抱き寄せ、父さんはうっすらと涙を滲ませている。
母さんたちは、僕の着替えとかいろいろ準備するものを取ってきていたみたいで、病室に入って僕を見たときは、荷物を落して、真っ先に僕のところに来て、今こんな状態になっている。と言うか、かれこれ、十数分こうしているんだけれど。
「それで、僕は、どうしてこんな風になったんですか?」
「えっ…覚えていないの?結人君」
「はい。なんだか靄が掛かって鮮明に思い出せないというか」
「そうなんだ。えっとね。……」
母さんから、話を聞いたところ、僕は、母さんと買い物に行った帰りに階段から落ちる母さんを庇って落ちたらしい。
……………。なんだかそんな気がする。と言うかそうなんだろう。
話を聞いたときストンと何かに納得する自分がいた。
「ほんとに、ありがとね。結人君」
「私からもありがと。結人」
「お兄ちゃん、ありがとね」
「ありがとな。結人」
「えっと、その、どういたしまして?」
なぜだかみんなにお礼を言われるのが照れくさくてぶっきら棒に返事をしてしまったけれど、みんな優しい顔で僕の事を見ていて、母さんからはもう一度、「ありがとう」と言われた。
次の日の朝、医者に少し記憶が抜けていると話をしたところ、受けたことのない痛みを受けたため、脳が思い出すことを拒絶してしまっているのかもしれないという事らしい。記憶喪失は分かっていないことが多いから断定はできないと言っていたけれど。
後は、複雑骨折の手術とか、リハビリの事、これからの話を聞いた。
そこからが少し大変だった。
「今日だけでもいいから」
「あと少しだけ、もうちょっとだけここに居させて」
昨日から、ずっと明音ちゃんたちが僕の事を看病してくれていて、母さんたちが明音ちゃんと凛さんたちに休んでほしくて家に帰ろうと提案しているんだけれど、首を横に振って、抵抗している。
少し困ったけれど、それ以上に僕の事を心配してくれているんだなと思うとどうしようもなく顔がだらけてしまうのだからしょうがない。
…だけれど、起きてからずっと寝ないで僕の事を見ていてくれたし、僕が起きる前に眠っていたとしても、ベットがなくて辛かっただろうから、家に帰って体を休めて欲しい。
…ほんとは、僕だって一緒に居て欲しいんだけれどね。なんだか寂しいし。
「明音ちゃん、凛さん。えっと、そのお願いがあるんですけれど」
「なに?結人。何でもいって」
「どんなことでもするから」
凛さんと明音ちゃんが、頼られてやる気十分と言うか嬉しそうな顔をしている。
「明音ちゃん、凛さん僕の部屋に行って、引き出しから、ノートを持ってきてくれませんか?あと僕も一応受験生なので教科書とかも。ノートの中は見ないでください。少し恥ずかしいので」
「うん、分かった」
「任せて」
二人は頷く。母さんたちの方を見ると、口パクで「ありがとう」と言っていた。
「じゃあ、行ってくるね。結人。あんまり動いちゃだめだよ。何かあったらすぐに連絡してね」
「お兄ちゃん、無理しちゃダメだよ。無理したら、私泣いちゃうからね」
そう言って、二人はこちらをちらちら振り返りながら病室を出ていく。
母さんがそのあとを追って、出るときに「ほんとにありがとね」と笑顔で言ってくれたから僕は嬉しかった。昨日から「ありがとう」って言うときは少しだけ僕への申し訳なさと言うか距離を感じたから。
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