第55話 嘘とほんと
「お兄ちゃん。…お兄ちゃん」
「ゆいと、ゆいとぉ」
…すごく、目を開けづらい。明音ちゃんと凛さんが僕の名前を呼んでいるのが分かる。
今、さっき起きたばっかりだけれども。
なんでこんなことになっているんだろう。
確か、母さんと、買い物に行ってそれで…。うーん。
よく思い出せない。
パチッと目を開けると、久しぶりに目を開けたような感覚に陥る。
知らない部屋に居て、何故だか僕は手と足に包帯が巻かれていて、少し動かすだけで痛みが走り、顔を歪めてしまう。
時刻は23時を回ったくらい。
明音ちゃんは右に、凛さんは左で僕の事をずっと看病してくれていたんだろう、疲れて眠ってしまっていた。
「お兄ちゃん。…私たちの事、忘れちゃやだぁ…」
「ゆいとぉ……」
どうやら、僕は何かしらの事故に巻き込まれて、こんな風になってしまったらしい。
「私たちの事、忘れちゃいやだぁ」ってどういうことだろう。もしかして、その事故で明音ちゃんたちの記憶もなくなるほどだったという事か。
明音ちゃんたちの事は憶えていたけれど、でも、何か大事な事に気付いてそれを忘れてしまっているような気がする。
事情を聞けば思い出すかも知れないけれど。
それにしても、僕、明音ちゃんたちにこんなに心配してもらえて幸せだなぁ。でも、こんな時だからこそ、少しだけ意地悪したくなっちゃうな。
もし、僕が明音ちゃんたちの記憶をなくした振りをしたら、どうなるんだろう。まぁ、でもそんな事しないけれどね。
そうして、なんだか愛おしくて、そっと二人の髪を撫でる。
「ん、んんぅ……。ん、んー」
「んうぅ。……」
撫でると、眠たそうな声を上げてでも、段々と目を覚まして、ぼやけた凛さんたちの瞳に僕の顔が写る。
そして、
「おにいちゃん。……お兄ちゃん!」
「ゆいと…?結人!私たちの事分かる?」
「えぇ…っと」
すごい勢いで僕の顔まで来たから、咄嗟にさっき思っていたことをぽろっと言ってしまう。
「誰ですか?」
すると、一瞬考えて、二人は、落胆して、悲しみに顔を歪ませて、どうしようもない感情が渦巻いているけれど、無理して笑う。
「そっか、そうよね。…」
「うん、うん。お兄ちゃんはは今までよく頑張ってくれたよ。だから今度はわたしたちが返す番だよね」
無理して笑ったからか、乾いた笑いが二人から出て、涙に顔をにじませていた。
どうしよう。早く言わないといけないんだけれど、如何せん言いずらい雰囲気になってしまってる。
「私はね、明音って言うの。あなたの名前は結人って言って私の自慢のお兄ちゃんだよ」
「私は凛で、あなたのお姉ちゃんだからいつでも頼ってね。結人は私にとって可愛くてでも、心が強い子だったよ」
「知ってますよ。凛さん、明音ちゃん」
「「え?」」
二人は驚いた顔をする。
「ごめんね。少しだけ、意地悪しちゃった」
「……」
二人は、半信半疑で僕の事を見つめる。
「明音ちゃん。僕の妹で、最初、凛さんもだけれど、僕の事をすごく嫌っていたけれど、今では家族として普通に接することができるくらいには仲良くなったし、僕の誕生日プレゼントで出かけたときには、手袋をくれた優しい僕の自慢の妹」
明音ちゃんがさっきとは違う涙を目の端に移る。
「凛さん、僕の事を試したりするくらいには家族思いで、僕の誕生日には、本と栞をくれて、いつもその栞を見ると元気が出て、僕が甘えてることができて、いつも頼りにしているお姉ちゃん」
凛さんは、涙を浮かべているけれど、さっきとは違う笑顔で。
「お兄ちゃん」
「結人」
「「おかえり」」
「ただいま」
二人に勢いよく抱き着かれる。右腕がかなり痛かったけれどそれ以上に嬉しかった。
数分そうして、不意に明音ちゃんがにやっと笑う。
「でも…私のお兄ちゃんはあんな意地悪する人じゃないような気がするなぁ」
「そうね。本当に結人かな?」
「え?」
今度は僕が驚いてしまう。
「ふふっ。嘘だよ。このくらいで許してあげる……あと、自慢のお兄ちゃんだって言うのはほんとだから」
「そうね。…結人が可愛くて良い子だって言うのはほんとよ」
「その…ありがとうございます」
妙に照れくさい感覚を覚えながら、三人で笑った。
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