第54話 なくならないで

「……」

「うぅ。…」


 な、何があったの…。


「だ、大丈夫ですか!!」


 周りが、やけにうるさくて、私は、痛い体を起こす。


 すると、え。…。……。………………………………………………ゆいとくん?


「だ、大丈夫、結人君。結人君」

「………」


 ゆっくり結人君の体を起こすと、頭から少量だけれど…血が。血、血、血。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 過去の記憶がフラッシュバックする。あの人に殴られ、頭から血が、血が出て……。


「っく、はぁ、はぁ、はっ」

 

 上手く、空気が吸えない。し、しっかりしないと。私はおぼつか無い手でスマホを操作するけれど、何度も打ち間違える。たった、三文字ですらも震えてぶれてしまう。


「し、しっかり、しな、いと」


 一度深呼吸すると、やっと、少しはまともに息を吸えるようになって、視界が少しだけ開ける。


 スマホのロック画面には私の誕生日に家族全員で撮った写真が写っている。


 ……。私はこの子のお母さんなんだよ。しっかりしなさい。私。もう二度と子供たちには悲しい顔はさせないって、離婚したあの日決めたじゃない。

 


^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^



 駅の近くまで、来た時、それは突然鳴った。お母さんからの電話だった。


 私は、スマホを操作して、電話に出る。


「………」

「もしもし、お母さん?」


 電話は、繋がっているのにお母さんからの返事が返ってこない。


「…凛、よく聞いてね」

「う、うん。なに?どうしたの?そんなに畏まって」

「今すぐ、ここの病院に来て。できるだけ早く。明音も一緒にね」

「え、あ、うん。わ、分かったよ」


 何か、嫌な予感がする。


「おねえ、ちゃん。お姉ちゃん!」


 明音に体を揺さぶられて、意識が戻る。


「明音、今から、ここに向かうわ」

「え、あ、うん」


 戸惑ったような声を上げるけれど、おとなしくついてくる。明音も多分、何かを察したんだと思う。


 私たちは、お互い、何かから逃げるように「大丈夫だと」と呟くけれどいつものように会話は続かない。


 最悪の事の事から逃げるように、私たちは電車の中で明るく振舞った。


 だって……そんなはずないから。


 電車を数本乗り継いで、目的の病院に着く。


 エントランスを見渡すと、お母さんが見える。


「明音、凛…」

「お母さん」

「こっちに来て」


 お母さんについて行き、エレベーターに乗る。


「あの…。お母さん」

「……病室で話すから」

「…………」

「…。……。」


  六階に上がり、病室まで着く。


 病室を開けたくなくて、手が震える。でも。意を決して、病室に入る。


「……………」

「…っ」

「お兄ちゃん!」


 そこにはベットに眠る、結人がいた。見た感じ、最悪の事態は回避できたらしいけれど…。


「ゆ、いと…?」


 傍によろよろと歩いて、手を握る。


「ごめんね。………私が不注意なばっかりに……」


 そこから、お母さんに事情を聴いた。


 結人が母さんを守って、こんな風になっているって。

 

 ……結人らしいよ。お母さんを守ってくれてとっても感謝しているよ、…けどさ、けどさ!!


 結人がこんなに怪我したら、私、いやだよぉ


「左腕は複雑骨折。足も骨折していて、頭を強く打って、何度も転がって頭に衝撃を与えてしまったから…最悪、記憶がなくなっている可能性もあるって」

「そ、そんな…」

「嫌、嫌だよ、お兄ちゃん」


 今までの事がなくなるかもしれないってこと?


 やっと、やっと、仲良くなれて、これからだってそう思ったのに。


「ゆいとぉ、ゆいと、ゆいと……」


^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^


「お兄ちゃん、私の事忘れちゃやだぁ………」


 お兄ちゃんにまだ気持ちも伝えてない。 それなのに、こんなことって嫌だよ。


 お兄ちゃんに必死に訴えるけれど、目を覚ましてくれない。………けれども、目を覚ました時が一番怖い。


 もしかしたら、私の事を忘れちゃっているからもしれないから。


 …お願い、お兄ちゃん…。なくならないで…。

 








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