第52話 母さんと出かける。
「行ってらっしゃい」
「「行ってきます」」
明音ちゃんと、凛さんの二人を見送る。
やっぱり二人とも仲いいんだなぁ。ここ最近、僕と一緒の時間が多かったから、姉妹水入らずでどこかに行きたいのかもしれないなぁ。
兄妹だからと言ってあんまり干渉しすぎるのはあんまりよくないのかもしれない。もう、明音ちゃんや凛さんとは普通に喋る事ができるようになったんだし、ゆっくり、僕たちなりのペースで進んでいけばいいかな。
そう思って自室に戻る。後半年で僕も受験だからなぁ。勉強しないといけない。でも…どうにも夏休み気分だから勉強をやるにも気合が入らない。今まで受験なんてしたことなかったからな。
僕はやる気を出すため、そっと引き出しを開ける。
口元がにやけてしまう。「いつもありがとう、これからもよろしくね」
凛さんから貰った栞。未だに大事で使えずに飾ったり、引き出しにしまったり。その他にも、母さんから貰ったハンカチ。とか、このお兄ちゃんノートとか。
パラっと、お兄ちゃんノートを開く。
「なんで、お兄ちゃんはなんでそんなに私たちに優しいの?」
ちょうど、そのページに飛んだ。前にも一度考えたことがある話題。僕とてそんなに聖人君子じゃないし、人並みに優しいだけ。
そう思っていたけれど、何度もこのことを考えていると、そうじゃないんじゃないかと思えてくる。
「結人君、結人君」
「はい、なんですか」
すると、不意にドアがノックされ、開ける。
「あのさ、私たちも、どこか一緒に行こっか」
「…へ?」
「…悲しいなぁ。結人君と仲良くなったつもりだったのに、一緒に買い物にも行けないだなんて。しくしく」
「ち、違いますよ、突然だからびっくりしただけです。別に母さんの事が嫌いとかじゃないですから」
「ふふっ。分かってるよ。冗談で言っただけ。じゃあ、お昼ご飯食べて少しゆっくりしたら、行こっか」
「そうですね。楽しみです」
母さんと、買い物かぁ。どんな感じなんだろう。
「ちゃんと、カギ閉めましたか?」
「もう、なんか、結人君の方がお母さんみたいになってるよ」
「ごめんなさい、癖で」
「じゃあ、いこっか」
母さんが自然に手を出してくる。僕は、少しだけ躊躇しながらも手を取る。小さい時、よく見ていた光景。みんなが感じていたけれど、僕にはなかった母さんの手のぬくもり。
「もう少し早く、あんな人とさっさと離婚して、敬人さんと結婚して小学生の時の結人君に会いたかったなぁ」
「今の僕じゃ、不満ですか?」
母さんは優しく微笑んで首を振る。
「違うよ、違う。そうしていれば、結人君が寂しい思いをしなくて済んだのになって」
「顔に出てました?」
「少しだけね。これからはいつでも握っていいから。なんなら…」
「ちょ、やめてください。少しだけ、その…恥ずかしいです」
母さんは、握っていた手を離し、僕の事をぎゅっと抱きしめる。
「やっぱり、凛や明音より背おっきいね」
「男の子ですから」
母さんの身長よりは大きい僕の方が少しだけ高くて、頭を撫でられなくて母さんは少しだけ頬を膨らませるのと同時に…
「こんなに立派に育ってくれてありがとうね」
「………」
「と言っても、私たちはまだそんなに一緒に居る訳じゃないから、こんな事言っても母親面しているだけかもしれないけれど。結人君に頼りきりだし」
「そんな事ありません。僕を産んでくれた母さんと、育ててくれる母さんがいて、どっちも僕の大切な母さんだよ」
「やっぱり、結人君はいい子だよぉ」
これは前々から言っておきたかった事だから今言えてよかったけれど…ここ道端で通りすがりの人がこっちをちらちら見てきて恥ずかしい。何となく顔が微笑ましいものを見るような顔をしているし。
「か、母さん、早くいこ?」
「えぇー。もうちょっとだけ抱きしめさせてー。」
「家に帰ったらしていいですから。…それでどこに行くんですか?」
「話そらされたけれど。んーっと、結人君、今日は何食べたい?」
「えーっと」
「今日は、凛たちの好きなものとか言わないでね。私は結人君が食べたいものを作りたいの」
なんでばれたんだろう。僕の好きなものか…。そう言えば、母さんが僕のために初めて作ってくれた料理はカレーだったなー。
「カレーがいいです」
「…ほんとにカレーでいいの?結人君の事信頼してないわけじゃないけれど、カレーって簡単に作れちゃうし、もっと手の込んだものでもいいんだよ?」
「いや、母さんが作ってくれたカレーがいいんです」
「…そっか。結人君はやっぱりモテるね」
「またそれですか?」
「そうだよ、だから、頑張ってね。つらいかもしれないけれど。………それじゃあ、行こっか」
「え、あ、はい」
二人で、歩き始め、階段を上る。
母さんが小さく呟いた言葉、どういう意味だったんだろう。そう思いつつも母さんと一緒に階段を上げれているのがなんだか嬉しくて疑問は有耶無耶になって消えた。
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