第36話 勘違いと大切なもの

「ごめんね、結人」


申し訳なさそうに、こっちを見る凛さん。


「いいですよ。僕がしたいことですし。それに明音ちゃんにもお願いされちゃっいましたから」


明音ちゃんと登校して、その次の日。僕は凛さんと一緒に登校していた。家に出る前に時計を確認して、凛さんは電車のため、かなり余裕をもっていつもより早く家を出た。


僕たちはゆっくり歩き出す。


「ふふっ。結人。女の子にモテるでしょ?」

「え?凛さんもそう思うんですか?母さんにも同じこと言われて」

「だって、下心感じないし、今みたいに私に歩調を合わせてくれたりして気遣いもできて何より.........か、かっこいいからね」


そうなんでもないように言うけれど、顏が赤くなっている凛さん。


最近、明音ちゃんと同じように僕の事も見てくれて、明音ちゃんには前から、可愛いとかきれいとか言っていたけれど、僕にも、今のようにかっこいいって言ってくれるようになった。


「そ、そんな事ないですよ」


昨日、明音ちゃんにかっこいいって言われたのを思いでして、顏が熱を帯びて、赤くなるのが自分でもわかる。


僕は、何気なくいつもの感じでこう言った。


「それを言ったら、凛さんもモテるじゃないですか。髪もきれいな茶髪で、身長は大きくて、美人ですし」

「……そ、うかな」


さっきまで楽しそうに話していた凛さんの顔にほんの一瞬影が差す。.......僕、何かまずい事を言っちゃったのかな。


しっかり凛さんを見ていていても分かるか分からないくらいの小さな変化。


これは.........凛さんが何か隠すしているとき仕草と言うか、雰囲気だ。


凛さんは隠すのが上手いから、しっかり見ていないと気付けない。多分母さんや明音ちゃんに気を遣わせないためにいつの間にか隠すようになっていていたんだと思う。何となく、僕も気持ちが分かる。僕も父さんに心配をかけたくなかったから。


凛さんのほんの小さな変化に母さんは何となくわかるって言ったけれど。まだ、僕にはわからないから、僕は凛さんの事を今まで以上にしっかり見て向き合うって凛さんと話すようになった今、そう決めたことだ。


「あー、そう言えば、昨日はどうだったの?」

「え、あー。そうですね.........」


そう言って、凛さんは話題を変える。やっぱり僕、何かしたというか、何か言ってしまったみたいだ。


昨日の事を話ながら、考える。さっき言ってしまった事を反芻する。『凛さんもモテるじゃないですか。髪もきれいな茶髪で身長は高くて美人ですし』.........。


........。.........。


...............あ。そうだっ。そうだよ。


凛さんは男が嫌いで、その男にモテたって嫌なだけだ。


こんな初歩的なことにも気づかずに、僕は、なんて無神経なんだ。


自分が情けなくて、ため息が出るけどまず、謝らなきゃ。


「あの、凛さん。ごめんなさい。モテるなんて嫌な事言ってしまって」


僕が急に謝ったのに驚いたのか、凛さんは固まってしまう。


「え、ど、どうしたの結人。私は怒ってないよ?」

「……え?」


凛さんは驚いた顔をする。


でも、さっき.........確かに暗い顔をしていたはずだ。.........僕の勘違いだったってこと?


「凛さん、さっき一瞬暗い顔をしたような気がして。それが原因かなって思ったんですけど」

「あー.........。違うの。もう.........結人には何でもばれちゃうね。普通にしてたつもりなんだけど。.........別に、モテるって言われて暗くなっていたわけじゃないの。……むしろそれは、結人に言われて、その……嬉しかった」


凛さんは頬を少しだけ紅潮させて、俯いた。


「.........えっとね.........この茶髪、きれい?」

「え、はい。とってもきれいだと思います」

「そっか。ありがと」


突然そう言われて戸惑ったけど思っていたことは口にできた。


「私のお母さんって黒髪でしょ?だからね、この茶髪は.........あのクソ男の物なの」

「あ.........」


もう少し、考えれば分かったかもしれない事。それが悔しくて情けなくて下を向いてしまう。凛さんはそんな僕に


「大丈夫だよ。そんな顔しないで。今は大丈夫だから」


そう優しく言って僕の頬に手を添えて包み込む。だめだなぁ、僕。凛さんに甘えてばっかりだ。僕も何か言わなきゃ。そう咄嗟に思って素直に思っていたことを話す。嘘偽りのない思ったことを。そっちの方が凛さんに届くと思って。


「ありがと。凛さん。.........僕は、そのきれいな髪好きです。優しくて、母さんと同じ匂いがして落ち着きます。それに、この茶髪はその男の物でもない、凛さんだけの物。色は確かに同じかもしれないけれど、こんなきれいで大事にされている髪は凛さんだけの物です。だから僕は好きですよ」

「.........」


そう言うと、凛さんはぼぉーっとしていた。また.........何か言っちゃいけない事言ってしまったのかな。



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小学校のころ、私はこの髪が嫌で、思い切って全部切ってしまおうなんて思っていた時があった。私はハサミを取り出して洗面所でいざきろうとしたところで、お母さんに見つかって、それをみたお母さんは、私を抱きしめて頭を撫で、泣きそうになるのを我慢してこういった。


「凛。その髪を大事にして?それはね、凛だけの大切な髪なの。他の誰の物でもない凛だけの物。私は凛のこのきれいな髪が大好きよ。だから大切にして」

「う、ん」


いつの間にかお母さんが泣いていてそれを見て、幼かったころの私も泣きながら謝ったのを覚えている。


それから、私はこの髪を大事にするようになった。


その大切にしてきた髪を今結人に認められて、お母さんと同じように慰めてくれて。なんだか私の心が温まってぼぉーっと結人の顔を見つめていた。


「あの……ごめんなさい。嫌なら言ってください」


心配そうに私の顔を見る結人。


私は首を振って答える。


「違うよ、ありがと。結人」



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