第19話 信じる気持ちと信じられない気持ち

「それが........いなくなっちゃったの」


凛さんがそう言った。


「え?........どこでいなくなっちゃったんですか?」

「え、っと。明音がトイレをしている間、私は飲み物を買おうと思って少しだけそこから離れたら明音がいなくなってて」


...........あんまり時間も経ってないし、そこまで遠く行っていない。多分まだトイレ近くにいると思うんだよな。


「じゃあ、僕、トイレの近く探してきますね」

「あ、うん」


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彼の後姿を見て、私の心の中に罪悪感が募って、渦を巻く。


あんな”普通”に私を信じて、明音を探してくれる彼。


旅行に出発する前、明音にだけ言った。彼を試したいと。明音は...........少し迷ってゆっくりこくりと頷いた。


彼を信じるために、嘘をついた。やっていることは最低なんだってことも分かってる。もしかしたらあいつと同列の事をしているかもしれない。彼は私を嫌うかもしれない。信じるために嘘ををつく。矛盾しているようでなんだか私の胸を抉る。


...........いくら彼を試しても、私はもしかしたら...........信じられないのかもしれない。


「お姉ちゃん。……」


後ろから、明音の声が聞こえる。私の顔をじっと見て何かを言おうとしてやめる。そして、彼が歩いて行った方へと目を向ける。


分かってる。分かってるけど...........。彼は、他の人とは違うんだって。でも、隅の方に信じるなと言うもう一人の自分が巣くう。男なんて、全員最低なんだと。やめてと言っても殴り、自分の好き勝手私たちを道具のように扱うやつらなんだと。信じようとすると、小さい頃見ていた光景がフラッシュバックして、どうしようもなく険悪感が信じようとする気持ちの先を越す。


いろんな感情が渦を巻く。母さんを、明音を守らなきゃ。明音や、母さんが信じた彼らを信じたい。でも信じれない。


そこから結局私は踏み出せず、その場にずっと立ち続けていた。


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明音ちゃんどこに行ったんだろう?探し始めて、三十分くらい経っただろうか。


周りを見渡すけど、見つけられない。もしかしたら、宿に戻ったのかもしれないな。

でも、もしかしたら、まだいるかもしれないから、あと三十分探して見つからなかったら、凛さんに宿に向かってもらって、僕はもう一度、隅々まで探そう。


「兄さん」

「あ、明音ちゃん」


後ろから声をかけられる。良かった。ほんとに良かった。


「ごめんなさい。...........トイレから出たら姉さんがいなくて、お姉ちゃんを探そうと思ったらはぐれちゃって」


明音ちゃんが少しだけ苦しいような顔をしたように見える。多分、迷惑をかけたことに罪悪感があるんだろうな。


僕はなんてことないように笑う。


「いいよ。大丈夫。さ、行こう?凛さんが待ってる」


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兄さんの笑顔が苦しい。


あの後、お姉ちゃんと合流してそのあとは普通に観光した。今は夕飯を食べ終え、各々部屋でくつろいでいる状況だ。


頭の中で兄さんの笑顔が頭をめぐる。どうしようもない罪悪感が心を染める。


兄さんが席を立って、部屋を出る。...........私はそっと席を立ち、兄さんの後を追う。


外に出て、大きく伸びをしている彼。


「兄さん」

「ん?明音ちゃん?どうしたの?」

「...........ごめんなさい」

「え?あ、ど、どうしたの?...........今日の事?大丈夫だよ。明音ちゃんが無事ならそれだけでいいよ。謝らないで」

「...........違うの。そうじゃないの」


私は、今日の事をゆっくり懺悔するように彼に話した。


「今日の事、あれ全部わざとなの。私、迷子になんてなってないの。お姉ちゃんと私で決めてやったことなの。でも、でもねお姉ちゃんの事を悪く思わないで。お姉ちゃんは私たちのために、ずっと、一人で、抱えているから」


彼の顔を見れなくて下を向いてしまう。そんな私に彼はどんどん近づいてくる。……殴られるのかな?……いいよ。それだけの事はしたって自覚はあるから。


目をつむる。


すると、ポンっと頭に手をのせられた。殴るようなものじゃなくて、優しく。


「...........そっか」


そう彼が呟く。ゆっくり、顔を上げると兄さんは何でもないような顔をしていた。


「いいよ。それに、僕は怒ってないよ。凛さんがそんな事するのは、多分僕を信じようとしてくれてるからだと思うから。それに、僕も凛さんの立場だったらそうしていたかもしれないから。.........ありがと、明音ちゃん」


兄さんは優しく微笑む。


この人は本当に、なんなんだろう。言葉に表せない。ただ、私も何か言いたくて。


「ありがと、兄さん」








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