第10話 体育祭。
「おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
今日の二人はいつもより元気がいい。というか機嫌がいい。
今日はなんせ二人が楽しみにしていた体育祭だからだ。
どうしてそんなに楽しみなのかは分からない。運動とか好きなのかな?
そしたら..........陸上部に誘われている件。考えてみようかな。最近家事は母さんがやってくれているから時間もできたし。もしかしたらそれがきっかけで今より仲良くなれるかもしれないから。
「じゃあ、あとで見に行くから三人とも頑張ってきてね」
「うん!」
「分かった。頑張ってくるね」
「はい!」
今日はというか今年から、僕も体育祭を真面目にやろう。
心配なことは......。
「せんせーい。僕たち」
「私たちはー」
体育祭お決まりの宣誓をしてこの快晴の中、校長先生のありがたい長ったらしい言葉をいただき、体育祭が始まる。
最初は一年の障害物競走から始まった。
明音ちゃんは..........あ、いた。
どことなく周りをきょろきょろしている気がする。そして、僕とばっちり目が合い逸らされる。そしてまた少しきょろきょろ。
「大丈夫かな」
「ん、何が?」
育人が不思議そうに首を傾げる。
「何でもないよ」
「ここ最近、そればっかりだな。ほんとに大丈夫なのか?」
「大丈夫、そんなに重い事じゃないから。それより、僕たちも準備に取り掛からなきゃまずいぞ」
「あ、そうだな。で?何やるんだっけ?」
「お前なぁ。」
「嘘、嘘。覚えてるって」
「じゃあ、聞くなよ」
「新條君、木下君。じゃれてないで行くよ」
「はーい、行くぞ結人」
「ああ」
そうして、体育祭が始まった。
競技が始まり、母さんが見ていないか周りを見渡す。
んー............。見た感じいないな。もしかしてまだ来ていないのかな?
見えてないだけかもしれないけど。............。あ、そういう事だったのか。
僕の中で一つの問題が雪解けしていく。
明音ちゃんたちも僕と同じ気持ちだったのか。いや、僕以上に。だからあんなに……。
「位置について…」
あ、やばい始まる。明音ちゃんたちも見ててくれるかな?
次々と競技が消化されていき、順調に体育祭が進み午前中の競技が終わる。
母さんはさっき来たみたいだ。三年生の最後の競技。借り物競争だけは見れたといっていた。
なんでも仕事でちょっといろいろあったらしい。そういえば母さんってどんな仕事しているんだろう。
まぁ、今はそんな事より…。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
母さんが作ってくれたおいしい手料理の方が大事だ。なんせ僕は体育祭や運動会。ほとんど教室で一人で食べてたから。うれしくてしょうがない。
んー卵焼きおいしい。
「三人ともごめんね。急に仕事が入っちゃって」
「大丈夫だよ、お母さん」
「来てくれただけでもうれしいから」
「僕もうれしいです」
凛さんも、僕も、明音ちゃんもそう安心させるように言って笑う。
............。大丈夫じゃないよな。一番準備とか頑張ってたのに午後の一年の個人種目はもうない。
あるのは、部活対抗リレーとクラス対抗リレーのみ。…僕なら嫌だな。
「この卵焼きおいしいよ、お母さん」
「ありがと、明音」
「うん!」
ちょっとした仕草。いつも、誰より二人を見ているから分かる小さな違い。言えるに言えない気持ち。
「ごめんね、ちょっとトイレに行ってくるね」
そう言って席を立つ明音ちゃん。少し経って僕も席をたつ。
「すいません、僕もお手洗いに」
「うん..........お願いね。結人君」
「……私からもお願い」
「お手洗いに行くのにお願いも何もありませんよ」
「そうだね」
そう言って微笑む母さんを背に僕は明音ちゃんを追う。多分あそこだろうな。
グラウンドを出て、体育館も通り過ぎ、テニスコートを抜け、テニス部の部室の裏。そこは日陰になっていて、涼しい風が吹いていた。
長くてきれいな黒い髪が揺れる。
「にい..........新條さん」
「明音ちゃんも新條さんだけどね」
「すいません、すぐに戻ります。もう少しだけここにいさせてください」
「じゃあ、僕もちょっとだけ」
「……」
少しだけ強引に距離をあけて、僕も隣に立つ。
「これは一人事なんだけどね」
「……」
「中学二年生にもなって、家族に体育祭に来てもらえるのがすっごくうれしい男の子がいたんだよ」
「..........」
「父さんは、毎年仕事でこれなかったから小学一年生以来、ずっと一人で自分が作ったお昼ご飯を食べてたんだってさ」
「……」
「そんな子に家族ができたんだ。そしてすごく久しぶりに家族がいる体育祭に望めて、そして一緒にご飯を食べられた」
「..........」
「.........まぁ、つまり何が言いたいかっていうと、子供だっていう事。でも子供だって別にいいと僕は思う」
「っ.........」
「つらい時は、誰かに相談すればいいし、悲しい時は泣けばいい。怒りたいときは....例えば自称兄とかに怒りをぶつけたっていいよ」
だって僕たちまだ子供ですから。
言いたいことも言えない環境で育った僕だから、いや、二人もそうだと思う。
大事だから、心配をかけたくないから無意識に我慢して、殺してしまう感情。無理して大人ぶってしまう。
明音ちゃんは恐る恐る、震える声で話す。
「じゃ、あ....これはひとりごとです。聞き流すか、忘れてください」
「……」
「ある一人の女の子はいっぱい頑張った。母さんが来てくれると思って。夢なんじゃないと思った。眠れないほどうれしかった。初めて、学校行事が楽しいと思えた。お母さんが見てくれると思ったから」
「……」
段々と感情がこもっていく。そして一度話してしまうと堰を切ったようにあふれ出す
「でも、頑張ったのに....頑張ったのに....分かってるけど、分かってるけど……」
「……」
「うぅ。……なんで姉さんの競技は間に合ったの?私の競技は一個も見てくれなかった」
「……」
「分かってるよ、分かってる仕方のない事だって……けど、けどね.........」
「.........」
「私の頑張りも見て欲しかった。褒めて欲しかった。「頑張ったね」って言って欲しかった」
明音ちゃんの涙が頬を伝う。いいんだ。それで。だって僕たちは子供だから。
「……そろそろ午後の競技始まるね。戻ろっか」
「……うん。……ちょっと待って兄さん」
「え、あ、うん」
「.........その女の子の話は忘れてあげてください」
頬を染めてそっぽを向く明音ちゃん。
「分かったよ」
「あと、もしその男の子にも言えない感情があるのなら、私に言ってください。私が聞きますので」
「……そっか。伝えておくよ」
クスッと笑い、歩き出す明音ちゃん。
「あと、その男の子から伝言なんだけど」
「はい」
「午後のクラス対抗リレー頑張ってね、母さんに届くと思うから」
「っ…そうですね。頑張る」
明音ちゃんは走ってグラウンドの方に行く。僕も続くか。
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