第8話 体育祭の準備…の前
あの件からなんと一か月も経った。
一か月の間、中間テストがあったけど二人とはそれぞれ学年が違うし、そもそも同じだったとしても話すことができないため、発展性がなかった。
だから関係性はと言われると、正直あまり進歩していない。
ただ…
「おはよう」
「…おはよう」
「……おはよう」
あの日以来挨拶だけは僕にもしてくれるようになった。
これは大きな進歩だった。
だからか、この一か月それ以上の大きな進歩がなかった。
どうしたものか、もう一緒に住み始めて約二か月だというのに
「えー、来週からある体育祭についてだが..........」
先生が教壇に立ち、話を始める。
はぁ、もうそんな時期か。
体育祭、体育祭かぁ。
昔からの癖でどうしても、体育祭、運動会って言うのが好きじゃない。
今年は違うかもしれないけど。
「どうしたんだ、結人」
いつの間にか、それぞれどの競技に出るかの話し合いになり、育人がこっちに来る。
「だってさ、リレー走りたくないし」
「そりゃあ、結人、陸上部の顧問の宮島先生に誘われるくらいには速いんだからまぁでてしょうがないだろ」
「いや、だって僕は体育会系の人間じゃなくて、文化系の人間だぞ」
ちなみに僕は美術部に所属している。名前だけは。
「どの口が言っているんだ。この学年で一番速いくせに」
「それは、陸上部が本気出さないから」
「お前、それは俺に対しての煽りかなにかか?」
「ごめん、そういえば陸上部だったね」
「このー!」
「いて、ごめ、ごめんって」
口を思いっきり引っ張られる。こいつ加減しないから、マジで痛い。
「そこの二人!特に新條君!話聞いてて」
「ごめん、篠崎さん」
委員長の篠崎志帆に注意され、黙る。
「話聞いてなかった新條君には罰としてリレーに出てもらいます。それと私と同じ体育祭運営の方も一緒に手伝ってもらいます」
「は?え?..........というか最初からそのつもりでしたよね、篠崎さん」
「罰は罰ですから」
涼し気な顔で黒板に名前を書いていく。
あの人最初から書く気満々だったくせに。『特に新條君』って言っていたし。
まぁ、いいんだけどね。結局どこかの委員にはならなきゃいけなかったし。
篠崎志保。中学校一年からの付き合いで、運よく、いや運悪く一緒になってしまった。成績はまぁ優秀で学年一位二位を争うくらいである。ちなみに僕はと言うと、何とか十位以内をキープしているところだ。
容姿は上の下、上の中ぐらいである。持ち前の気さくさから、交友の幅は広く、学級委員長になるくらいにはみんなに信用してもらえていると言っていい。だからあの委員長は結構モテる。
そりゃあ、そうだ。きれいで可愛い子に気さくに話しかけられたら中学生男子なら「こんな俺にも話しかけてくれている、篠崎さん。優しい」ところっと落ちてしまう可能性がある。いや落ちてしまう。それに勘違いする。
まぁ、可愛そうなことに勘違い男子たちは無残に散っていくのがこの学年での恒例行事となっている。
そんな彼女は何故か僕の事を買いかぶりすぎている節がある。正直に言ってしまうとめんどくさいしやりたくないのだが、もしかしたら、リレーとか、運営の方にまわって面白い話を聞かせてあげたりできるかもしれないと思って素直に受け入れることにする。
まぁ、まだそんな話せる段階じゃないんだけどね。
「ただいま」
「おかえり、結人君」
「…おかえり」
「おかえり」
…くぅ。僕はこのために生きているのかもしれない。
そう錯覚させられるほど心が満たされた。ここ一か月ほどずっとそうだ。これはもしかしたら不治の病か何かなのかもしれない。
「どうしたの、結人君。そんなところでぼぉーっと立って」
「あ、いえ」
「心配事があるなら、そうだんしてよ?」
「え、いえ、ちょっとだけ体育祭の事を考えていただけで」
ポロっと母さんを心配させないために今日話題になった体育祭について話してしまう。
「体育祭!いつ?私見に行っても良い?」
「はい、もちろんいいですけど」
「え!?」
「えっ…」
僕以上に、二人が驚く。
「お母さん、来てくれるの?」
「ええ、今年は行くわ。二人とも頑張ってね。勿論結人君も」
「うん!」
「頑張る!」
「頑張ります」
二人がとても笑顔になる。もしかしたら、この家に来てから一番の笑顔と言ってもいいかもしれない。
「お弁当何作ろうかしら」
「僕も手伝います」
「結人君はその日体育祭でしょ。朝早起きして倒れたりしたら嫌だからダメです」
「……分かりました」
二人が喜んでいるから、僕もなにかできないかと思っていたんだけどそういわれてしまうと、何も言えない。
あ、あと
「ごめんなさい、母さん。体育会準備とか運営にかかわることになったからご飯とか家事の手伝いができないかもしれない」
「いいよ、と言うかもともと母さんの仕事だから、謝らないで。ね?」
「……終わったら、また僕にもやらせてください」
「ふふっ。ありがと結人君」
二人から視線を感じたが、以前より弛緩しているというかこっちをあからさまに警戒しているような視線ではない。
どちらかと言うと羨ましそうな、そんな感じ。
そんな二人に気付いたのか、「明音も、凛も頑張ってね」と優しい声で母さんが言うと二人とも笑顔になる。
体育祭、今年は楽しくなる。そんな気がした。
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