第2話 チキン野郎②

 眩しい……。


 ベランダへと繋がる出窓からの西日に顔を照らされ目が覚める。日当たりが悪い割に、西日が容赦無く差し込んで来るこの家の造りに少しイラッとした。くそサンシャインめ。


 漠然と部屋を見渡すと、散らかった段ボールの片隅にコンビニ袋がある事に気がついた。


 そういえば、昨日コンビニから帰って食べるの忘れてたな。ずっと、スマホでネット検索してたんだっけ?


 俺は、寝ぼけた目を見開くと、冷め切った唐揚げを口に放り込み、おさらいとして昨日の検索履歴を確認してみた。


【コンビニ店員 好き】

【コンビニ店員 告白】

【コンビニ 身だしなみ】

【コンビニ 唐揚げ 押し売り】

【緊張しない方法 ベストアンサー】

【ポニーテール 画像】

【レジ横の苺大福 罠】

【去り際 名言】


 我ながら完璧だ。あれだ、あの、あれだ、(敵を知り、己を知れば、百戦危うからず)だ。どっかの誰かの偉いさんの言葉が身に染みる。


 一定の知識を得た俺は、居てもたっても居られず、身支度をしてコンビニへと走った。


 コンビニの前に立つと、1度深く深呼吸をしてから店内へと入る。いざ。


「いらっしゃいませー」


 レジ奥から聞こえる甲高い女の声に横目で視線を向けるが、そこにはポニーテール女店員の姿は無く、若くはあるが巨人軍の菅野に似た別の女店員の姿があった。


 しかし、問題無い。俺は昔見たネット知識で気に入らない女が来た場合の対処法を心得ている。


 俺はおもむろにレジへ向かうと、凛々しい声で、


「チェンジ!」


 と一言だけ言い放った。


「えっ?」


 首を傾げて、聞き返すその様は、キャッチャーのサインに首を振る菅野そのものだな。


「だから、チェンジ!」


「いや、チェンジ……とは?」


「だから、チェンジだって!」


「えっ? あのー……」


「チェ、ン、ジ、チェンジ!」


「えー……」


「だーかーらー」


 話が通じず、イライラした俺はおもむろに手元にある苺大福を頬張った所で、


「どうしたのー?」


 と、ポニーテール女店員が店内の奥からヒョッコリと顔を覗かせた。


「あっ、いらっしゃいませー。昨日の……」


「えっ? あっ……昨日は……どうもです。あっ……唐揚げ……下さいです…いっぱい」


 またしても、口角に魔法が掛かり、上手く話せない。菅野の時はズバズバと出ていた言葉達が全然出てこない。俺は、若い女に免疫が無いのではなく、ポニーテールに免疫がないようだ。


「今、揚げてるんでちょっと待って下さいね」


 と、俺に微笑みかけるポニーテール女店員につい見惚れてしまった。昨日は分からなかったが、左耳には5つのピアス穴が開いていて、そのミステリアスな雰囲気がより俺をそそった。


「あっ……ふぁい」


 店内の奥で揚げ物が「パチパチパチパチ」と小気味のいい音を奏でる中、目の前の菅野と無言で対峙する謎の時間がゆっくりと流れていった。


 5分程経った頃、


「お待たせしましたー。唐揚げの5個入りが3つ……と苺大福で708円でーす」


 と、ここでようやくお目当のポニーテール女店員が俺の目の前に現れた。


 話したいが、やはり今日も上手く口が回らない。


 俺は意を決し、お金を差し出すと同時に、これだけは言おうと決めていたネット知識の名言を残して店を去る事にした。


「何度も何度も傷つけられたら、相手を紙やすりだと思えばいい。多少擦り傷は受けれど、自分はピカピカになり、相手は使い物にならなくなる」


 決まった。そして、俺は振り向く事なく颯爽と店を出た。今頃、彼女は胸に手を当て感情に浸り切っているに違いない。


「……お客様ー! 商品お忘れですよー」


「あっ……えっ……ふぁい」

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