離島の田舎モンが都会に飛ばされたってよ。
恋するメンチカツ
第1話 チキン野郎①
スマホ画面上の地図を辿り、駅から10分程歩いた頃、目の前にお目当てのアパートが現れた。
アパート・サンシャイン神戸。
名前の割に日当たりの悪い、木造2階建てのアパート。白い外壁には無数の亀裂が走り、階段部分の鉄格子は所々サビついている。写真とは違い、近付くに連れて現れるその佇まいは築50年の歴史を物語っていた。
ポケットから部屋番号の書かれたメモと鍵を取り出すと101号室を探した。
101号室のドアの前に立つと、表札とドアを3回交互に確認し、ドアノブの鍵穴に鍵を差し込む。
カチ……ガチャ……キーッ……。
建て付けの悪い玄関のドアを開くと、外観とは打って変わって、思ったより綺麗なワンルーム8畳1間の閑散とした空間が俺を出迎えた。
ドアを閉めると、スマホを開き、メッセージアプリで母へメッセージを送る。
(なんとかアパートに辿り着いたよー)
メッセージは、すぐに既読となり返信が来た。
(もうそろそろ、引越し屋さんが荷物持ってくるからアパートに居なさいよー)
(はーい)
返信を打ち込むと、スマホをポケットへと滑り込ませ、靴を脱ぎ部屋へと上がる。
俺は、ジャージや日用品をパンパンに詰め込んだボストンバッグを無造作に部屋の中央へと投げ込むと長旅の疲れからか、フローリングの上に倒れ込む様に寝そべり、うつ伏せのまま眠りについた。
刻は2020年3月下旬、俺こと(
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
ピンポーン……ピンポーン……。
インターホンの音で目が覚める。
「ふぇ?」
「ハートフル引越しセンターです。須田様は御在宅でしょうか?」
「あっ、はーい」
瞼を指で擦りながら、玄関のドアを開ける。ぼやける視界の先で、パツパツのTシャツを着た色黒スタッフが会釈をしたのが分かった。
「早速、お荷物お運びしてもよろしいですか?」
「あっ、お願いします」
アパートの前に停められたトラックから次々に、大量の段ボールや家具、家電が下ろされていく。そして、それらは瞬く間に部屋の中へと運び込まれ、足の踏み場が無いほどに部屋を覆い尽くした。
「家具は組み立てて、家電はご使用される位置に配置しております。段ボールもこれで以上になりますが、ご確認よろしいですか?」
色黒スタッフの問い掛けに俺は、
「あー、はいはい」
と生返事で応答した。母が勝手に送りつけてきた物だから、俺には確認の仕様が無いのだ。
「ありがとうございましたー」
引越し業者のスタッフを見送ると、大量の段ボールを荷解きしていく事にした。驚いた事に段ボールからは大量の服や靴、高級そうな腕時計からファッション雑誌に料理本、ありとあらゆる物が入っていた。1番驚いたのが預貯金1000万を記した俺の銀行通帳だった。そして、その通帳に1枚の手紙が挟んでいる事に気がついた。
(健太へ お父さんとお母さんのお仕事の都合上、島の田舎で生まれ育った健太にとって、これから起こり得る日常全てが未知の世界だと思います。どうか、この経験が健太にとって財産になる様祈っております。そして是非、島には無い青春の日々を謳歌してください。 母より)
未知の世界って……今のご時世、スマホやパソコンで簡単に必要な情報を収集できるのだから、都会にもすぐ馴染めるという謎の自信が俺にはあった。
しかし、困った。社会勉強をするにも青春を謳歌するにも、ざっくりとし過ぎて何をどうすれば良いのか分からない。
こんな時は……勿論スマホ!!
ネット情報曰く(青春)に関する記述には、恋愛の文字が多く含まれていた。
恋愛か……島の暮らしでは、同じ年齢層の異性と話した事はおろか、出逢ったことすら無い俺には、縁の無かった話だ。それに、異性を好きという感情すらあまり理解出来ない。
しかしまぁ、恋愛をするにも相手が必要な訳で、これは長い目で見るべきだな。なんて事を考えていると、
グゥー。
と、腹の音が空腹を知らせる。ふと、スマホの画面に目を見やると、14時ちょうどを示していた。
そういえば、今日は朝から何も食べていない。
駅からアパートに向かう道中、コンビニがあったのを思い出した俺は、荷解きを中断し、財布を片手に外へと繰り出した。
アパートから5分程歩くと、コンビニの前に辿り着いた。
島にコンビニは無かったが何となくは、分かる。吉野のおばちゃんが経営する吉野ストアーの拡大版みたいなものだろう。
店内に足を踏み入れたその時、レジ奥にいた切れ長の目元が印象的なポニーテールの女店員と目が合った。
「いらっしゃいませー」
甲高い若い女の声に俺は、
「いらっしゃい、ましたー……ハハ」
と意味の分からない返答をしてしまった。ついでに引きつった変な笑い方まで。すごく恥ずかしい。
若い女に免疫が無い事を瞬時に悟った俺は、おにぎりを1つ握りしめると顔を俯けたままレジへと向かった。
「ありがとうございます。ご一緒に唐揚げもいかがですか?」
「えっ?」
不意の質問に俺は顔を上げると、ポニーテールの女店員は、愛くるしい程に目尻の下がった笑顔でこちらを見つめていた。
「ご一緒に唐揚げもいかがですか?」
俺は極度の緊張から、口角に魔法がかかったかの様に上手く動かせなくなっていた。
「あっ……えっ……あっ……いっぱい……食べる。唐揚げ……大好き……唐揚げいっぱい」
「ふっ……いっぱい……は無いので並べてある5個入りのを3つ入れときますね」
たじろぐ俺を見て、女店員は吹き出して笑いそうになるのを明らかに堪えている。
俺は手元にあった苺大福を頬張りながら、こんな事を思っていた。
何なのだコイツは、失礼な奴だ……そして、好きだ。
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