episode 2

 私は昔から子どもが好きだった。子どもを授かり育てることになった時、自分が腹を痛めて産んだ子が、こんなにも他の子と違うものかと感心した。

 世の中には虐待をする親もいるが、どんなに個性的な子どもでも、自分の子なら愛せる自信があった。実際彼らは自由奔放で、あれこれ間違えることはあったが、それでも愛しくてならなかった。子どもたちは私の光だった。


 とりわけ末の子がそうだった。いつも目を伏せているあの子は、沢山の影を抱えていながら、同じだけの希望も持ち合わせていた。

 あの子は昔の私そのものだ。子どもたちの中でもあの子には、特に、私のように明るい道を歩んでほしかった。希望を見出してほしかった。


 だからあの子に好きな人ができたと知ったときは、それはもう喜んだものだ。私があまりに大袈裟だから、あの子は少し迷惑そうにしていた。それでもこれは記念すべきことなのだ。歓喜せずにはいられなかった。

 あの子が好きな人について話し始めれば、私は必ず親身になって聞いた。自分のことのように真剣になった。あの子の、淡々と話すようで静かに心震えている様は、えも言われなかった。相手がどんな人か、どこが好きなのか、全て知りたくなった。


 しかしあの子はあまり相手については話したくないようだった。話したくないものを無理に話させたくない。あの子が好きになった相手ならどんな人だったって構わない。そう思い始めるようになった。



 そんなある日のことだ。やけにあの子の帰りが遅かった。玄関まで行って出迎えたが、あの子はそそくさと階段を上り自室へ向かった。その首元にはうっすらと跡があり、あの子も大人になっていくのだなと複雑な気持ちになった。


 それ以降、同じようなことが度々起こるようになった。朝になっても帰らない日も稀にあった。

 ほんのりとついていた首元の跡はどんどんあからさまになり、今や袖口から見える手首にすらあった。ドラッグストアから帰ってくるなり、買ったものをこっそり自室へと持ち運ぶことが増えた。

 ちゃんと避妊しているのだなと安心しつつも、あの子が気まずそうに自室へと向かうその階段が、まさしく大人の階段なのではないかと冗談を言っては旦那と笑った。



 私はあの子が帰ってきたとき、どんな時間でも必ず出迎えると決めていた。

 帰りが遅く、いつものように私がリビングでうとうととしていると、玄関の鍵が開く音がした。今は午前五時。今日もか、最近頻度が増えたなと思いながら顔を上げると、あの子が私の前で立ちすくんでいた。どうしたのと声をかけようとよく見ると、あの子は音も立てずに泣いていた。


 何事か。座るように促し、その背中をゆっくりと撫でた。顔を覗き込むと、大きな粒の涙をぼろぼろこぼしていた。あの子がこんなに泣くのを見るのは初めてかもしれない。私はどうしていいかわからなかった。あの子はただ、好きなんだ、好きなんだと言葉を繰り返した。私は一言も声をかけられず、そうして朝を迎えた。


 一睡もしていないのに、用事があると言ってあの子は出かける支度を始めた。少し眠ってから行くよう提案したが、好きな人と会うからとあの子は家を出た。



 その夜、見知らぬ番号から電話がかかってきた。違和感があり、電話が切れた後で番号を検索すると、市内の病院のものだった。

 そういえば人間ドックの検査結果がまだ来ていない。コレステロール値についてくどくどと言われるような気がして、私は家事を済ませてから折り返し電話をかけることにした。


 もうすぐで夕食が出来上がるというときに、また病院から電話がかかってきた。今が大事なタイミングだから邪魔してほしくないというのに。

 しかし二度もかけられたのだから仕方がない、と観念して電話に出た。聞こえたのは焦りが溶け込んだ冷静な声。



 あの子が緊急搬送されたとのことだった。

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