見知らぬ電話
もなか
episode 3
最後にさようならと言ったのは、どちらからだったろうか。
私は今日、友人と待ち合わせをしていた。遅刻常習犯のあいつのことだからとのんびりしていたら、いつの間にやら夜になってしまった。今日は一段と冷え込むな等と道行く人が呟く中、私は半袖に薄い羽織物の装いだった。
二人で来るはずだったカフェで何杯コーヒーを頼んだだろう。予定していたより金が飛んで財布が寂しい。流石に連絡が取れないと困るのだが、何度SNSに連絡しても電話しても一向に返事が来ない。さては携帯も忘れたな?
ラストオーダーのお時間ですがと店員に声をかけられ、私はその場を去った。
することもないので近くの居酒屋へと足を向けた。ネオンのやたら明るい道を進む途中、肩を並べて歌う連中やコケて頭を強かに打つ若者がいた。繁華街にはへべれけな若者がうようよ居て面倒だ。早く行こう。
財布が空になる勢いで飲み干しながら、そういえばこの辺は治安が悪いからうろつかないようにと大学の教授が言っていたのを思い出し、残った理性で店を這い出た。
気が付いたら自宅だった。敷きっぱなしの布団に顔を埋め、寝た。
それは深夜、いや、早朝のことだ。いつものアラームではない。こんな時間に電話とは何の用だろうか。
それは会うはずだった友人の母だった。彼女は酷く取り乱していた。何故私の電話番号を知っている?彼女に教えた記憶はないというのに。そしてこの緊迫した空気は何なんだ?
彼女は震えた声でとつとつと話した。
友人が夜、緊急搬送されたとのことだった。
友人が私と会う約束をしていたことを彼女は知っていた。今日の様子を聞かれたが、私は友人とは会ってもいなければ連絡も取れていなかったことを伝えると、彼女は電話越しに強く喚き散らした。
何故来ないことに違和感を持たなかった、何故連絡が取れないことを不思議に思わなかったか、何故、何故、何故!!
早口に捲し立て彼女は私を責めた。それは本当に唾が飛んできそうな程の剣幕だった。私はただ黙ってやり過ごした。それより緊急搬送の説明をしてほしいのだが。
しばらく静かにしていると、向こうから勝手に電話を切った。勿論友人の容態についての説明はない。折り返そうにも、母親は病院の公衆電話からかけたようで、どうしようもなかった。
私は朝イチでバイトが入っていたことを思い出し、それに備えて早急に二度寝した。
翌日、友人のゼミ仲間から連絡があった。
友人はその後、息を引き取ったらしい。死因は脳震盪。
話によると、私と約束をしていたその日、友人は繁華街に居たのだそうだ。異常なまでに酔った状態で、脚がもつれ、躓き、頭をぶつけ、そのまま亡くなったとのことだった。
約束をしていたのに、何故そんな所に。
ゼミ仲間曰く、前回私と会った時にさようならと言われたかららしかった。それがまるで、最後の別れの挨拶のようだったと、仲間である彼に打ち明けていたという。
私は誰かと別れる時、またねと言う癖があった。ただ、たまたまその時さようならと言っただけなのだと思う。だがそれをこんなにも意味深に捉えられるとは思ってもいなかった。
しかし友人には堪えたらしい。私のさようならをきっかけに、自暴自棄になったのではないかとゼミ仲間は言った。
仲間は何かを押し殺したように、噛み殺したようにしてこう言った。
あいつが死んだのは、お前のせいだ。
通夜に顔を出すと、母親はそこにいなかった。喪主の言葉の中の死亡時の話を聞きながら、それは丁度私が繁華街を歩いていた頃の時間帯だなと、ふと、思い出した。
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