第21話
小さい。それが灯明を見たジズがまず感じたことだった。夜光草の花と同じぐらいの大きさの灯心、それが夜光草よりもずっと強い灯りで辺りを照らしている。この明るさを生み出し維持するためには、もっと大規模な仕掛けと膨大なエネルギーが必要であるはずだ。この灯りはそれらに耐え得るような仕掛けがあるようにはとても見えなかった。
「目がチカチカする…」
「地上の明るさに合わせて作られたものだから、君には少し明るすぎるかもね」
レウムは灯明を一つ手に取る。
「この中にあるのはろうそくって言って火を灯す道具だ。でも、これだけではここまでの明るさを生み出すことはできない。だから、この魔法陣を刻んだ」
トロリと溶けた液体がろうそくを伝って流れ落ちていく。それは蝋と言うんだとレウムはさらに説明してから続けた。
「この魔法陣は火の勢いそのままに、生み出す明るさを増幅させる効力を持ってる。施したのは君たちもよく知ってるフィリオだ」
「え?まさか、灯明作ったのって、フィリオなの…?」
「そうだよ、聞いてない?」
「ないない。知っていたらここまで無知じゃないよ」
本当に何も知らない様子のジズにレウムはそうかと短く返す。それから黙ってジズを手招くと、一番手前の本棚に表紙が見えるように置かれた一冊の古ぼけたノートを差し出してきた。
「君たちは本当に何も知らないようだから、ひとまずこれを読んで魔法の理論と灯明の仕組みを理解することから始めた方がいい」
レウム曰く、このノートは先人たちが子供たちに魔法を教える目的で記したものなのだという。魔法というものは本来理論を知らないと、どんなに魔力が強くても使いこなすことはできない。レウムも以前理論を一通り学んだらしく、だからこそジズたち三人のように感覚で魔法を使うことが本当はとても危ないことなのだと続けた。
「まあ、君たちは魔法をいたずらに撃つことはしてないだろうけど。とにかく、どういう仕組みで魔法が発動するのか知らないと、灯明を作ることも改良することもできないよ」
「それはわかったけど、こういうのは俺よりもヴェーツの方が詳しいんだよね。……まだやってんのか」
「仲いいんだね」
呆れ顔で言うとレウムも苦笑している。とりあえず、二人のケンカが落ち着くまで、のんびりノートを読むとしようか。ジズは本棚の隣に置いてある落ち着いた風合いの椅子に座って紙面に視線を落とすのであった。
それからどのぐらいの時間が経っただろうか。
「うわぁ、すっごい蔵書数だね!」
ものすごく弾んだ声が聞こえてきた。ジズが顔をあげると、脇腹を押さえて咳き込む悔しそうな顔のエレオスと、卒倒はしていなかったが歓喜で目を輝かせたヴェーチェルの姿があった。ヴェーチェルは傷ひとつない、いつも通りの光景である。
「あっ!あれは『エストラの錬金術』!!」
言うや否や本の壁へと駆け寄り一冊の本を抜き取るヴェーチェル。司書であり本を愛する彼にとってここは宝の山、ここに所蔵されている全ての本を読みたいに違いない。恐らくしばらくはこの図書館から離れようとしないだろう。
「おいジズ、あのネズミはどこに行きやがったんだ?」
「さあ。さっきまでここにいたけど」
「というか、お前。さっきから何読んでるんだ?」
呆れた様子のエレオスがジズの読んでいるノートを覗き込んでくる。魔法の理論について書いてあるものだと言うと、どうりでなと合点がいった様子で頷いた。続けてなんでそんなの熟読してるんだと言うので、俺たちが魔法の理論と灯明について何も知らなさすぎるから、これ読んで勉強しろってレウムに言われたと返した。
「これ、結界の理論と似てるね」
先ほど苦労して読み解いた結界式の魔法陣にも似た図を発見し、面白そうに眺めるジズ。すると、エレオスは当たり前だろと呆れたような表情をこしらえた。
「似てるんじゃねぇよ、結界は魔法の一種だぞ。使う術は違っても、基本は同じ仕組みなんだよ」
ほらここの図形は補助図形だ、本体の魔法陣を支える役目がある、とか。ジズは驚き目を丸くした。
「え?それじゃあ、この図を違うものに書き換えたら結界以外の魔法が使えるってこと?」
「そうだろうな。試したことはないが」
「じゃあさ、俺たちの使える魔法は?こんなの描かなくても発動するよね?」
「それは君たちが使っている力が、君たちそれぞれの固有魔法だからだよ」
そこで、何十冊もの本を抱えて奥から現れたレウムが二人の話に割って入る。彼は背の低い本棚の上に持ってきた本を降ろしながら続ける。
「他の人間も魔法を使えるようにと発明されたのが魔法陣。逆に自分を除いた他者が使えない魔法が固有魔法だ。後者はある日突然、感覚的に使えるようになるものだし、他者と共有の必要もないから魔法陣はいらないんだよ」
なるほど、確かに言われてみればジズは生まれた時には既に魔法で蜘蛛の糸を作り出すことができていた。エレオスの翼は覚醒こそ遅かったが、これもある日突然使えるようになったとか言う話を幼い頃に耳にした記憶がある。おそらくヴェーチェルの猫の影も同様であろう。
「はい、医者と神父に読んでほしい本の追加分。これ読めば魔法とか灯明のことは大体わかる」
「こ、こんなに?うわぁ…見たことない本ばっかり」
「だって、今のコバルティアにはないもの」
レウムが言うには、本当は新しい階層にこういう魔法の本を全部移す予定だったらしい。しかし、有毒ガスの侵食は予想外に早く、全ての本を持ち出す時間はなかったのだという。そして、移動しきれず残ってしまった本が傷まないように、遺された技術が絶えぬように、先祖は全ての智をここに集め封印を施すことにした。いつかここが浄化され、本を取りに来る子孫に託すために……。
「本が無事でよかった…。あと君たちが開けてくれて本当によかった。ありがとう」
どことなく寂しげな表情で、彼はそう口にしたのだった。
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