第1章:灯り切れ
第1話
†
紺碧一色の暗きこの世界は地中にあり。太陽の光は届かない永遠に明けぬ夜の都市。その名を《コバルティア》。住民は数百人程で都市というよりも小さな町の方が似つかわしい。すり鉢状に開拓されたそこは最下層を第一階層とし全部で七階層存在する。その上には迷宮のような廻廊が二階層あり、それら全てを突破することで初めて地上へ出ることができるのだという。
そんな都市の第三階層、固い土と石ばかりの地面にレンガを敷き詰めて整備された道にはガラスの器に入った《夜光草》がいくつも置かれ人々の足元を照らしている。この階層は比較的住民の往来が多いにぎやかな場所だ。というのも、第二階層から第四階層には人の居住区と共にいくつかの重要な施設が存在しているからである。診療所に併設されているこの薬草園もそのひとつだ。
「せんせー、例のお薬また出してくれないかい?」
第四階層の大工の青年は仕事柄けがも多く、ほとんど毎日この診療所に通ってくる常連だ。軽率に見えてかなりの心配性なので、医者であるここの主の「大丈夫」欲しさに通ってきている。
「こないだ処方したばかりじゃないか。いっぺんに飲み過ぎなんじゃないの?」
それを毎日呆れ顔で対応するのはこの診療所の主カダベル。このコバルティアで数少ない医者を生業とする青年だ。
「いやぁ、ここのところ腹の調子が前より悪くてな」
「それを早く言いなさい!もう、診察するからそこ座って!--ジズ、いるかい?」
「いるよー、師匠。はい、これこいつのカルテ」
そのカダベルに呼ばれて奥の部屋から出てきたのは年端も行かない少年だった。肌が白く、灰白の髪からのぞく金色の目が儚げな印象である。しかし、何より印象に残るのは彼の左の額から首筋を這うように伸びる蜘蛛とその巣の刺青だ。彼の名はジズ、生まれつき刺青を持つ特別な子供である。
「おうジズ、今日はお前が診てくれるのか?」
そう、ジズもまた医者であった。それもカダベルに引けをとらないほどの実力の持ち主である。もっともこの青年相手にその腕前を披露する機会はほとんどないのだが。
「診るまでもないよ。食あたりでしょ?昨日何食べたの?」
「あー、ピラピルの実をまるごと酢漬けにして食ったな」
「それだよ、ピラピルの皮は微量の毒が含まれてる。むいて食べろって俺この前も言ったと思ったんだけど」
呆れ顔で青年の表情を伺うが、
「そうだったかなぁ」
これである。
「言ったよ?……まあいいや、毒消しの薬湯でも飲んで行きなよ、今用意するから……って、なんで逃げようとしてるの」
「薬湯はいらん!!あの究極に不味いやつだろ!?飲むぐらいならちょっとばかし腹が痛い方がましだ!」
「薬欲しがるくせに薬湯嫌がるとか子供かよ!いいから座れ!」
「あ、なんてことしやがる!俺は病人だぞ!」
「俺は医者だからね」
子供のように駄々をこねる青年を無理矢理いすに座らせ、てきぱきと薬草を調合していく。まだギャアギャア何事か言っているが黙殺した。
「ごめんください」
「あ、お客さんかな?ジズ、ここはお願いしていいかな?」
「任せて師匠」
「ちょ、せんせー!待ってくれよ!!」
青年は部屋を出ていこうとするカダベルの肩にすがりつく。が、カダベルは満面の笑みで、
「大丈夫、あの子の腕は確かだから安心して診てもらいなさい」
お大事に、と付け加えることも忘れない。さっさと部屋を出ていく彼を青年は捨てられた子犬のような目で見送ったのであった。
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