灯明

朱鳥 蒼樹

プロローグ


 ふつ、ふつり……。

 仄白い灯りが明滅しながら次第に小さくなっていく。光源であるガラスの器には今にも枯れてしまいそうな花が一つ、赤子の握りこぶしほどの大きさの釣鐘状の花弁が開いたり閉じたりと震えていた。それに従って灯りは明滅を繰り返している。 

 ふっ、ふつり……、ぷつ。

 「あら、困ったわね」

 懸命に開こうとしていた花が完全に口を閉ざしてしまった。花が閉じたことで明滅していた灯りは完全に消えてしまう。すぐさま予備の花を探したが、ちょうど切らしているようだ。

 「花の配給、次いつだったかしら……」

 この暗い世界を明るくできる唯一の手段である花、《夜光草》。十日に一度 《族長》から配給される貴重な光源であり生活必需品である。灯りのもちは花の寿命に比例する。しかし、この花の寿命は個体差が大きく、短いものだと三日ほどで灯りを失ってしまう。そういう時は運が悪かったと、まだ灯りに余裕のある余所の家の物を譲ってもらうのだが……。

 「そういえば、今回配給された花はどれも寿命が短かったみたいね。譲ってもらうのは難しいかも」

 どうしましょう、と呟いた時、ふと思い浮かんだのは友人の顔。そうだ、《薬草園》の管理を任されている彼ならば《夜光草》を分けてくれるかもしれない、と。

 勘定してみるとあと七日も暗いまま過ごすことになる。なんとも無謀な話だ、この世界では灯りがなくては生活もままならない。無理は承知でひとまずは頼んでみようか、と彼女は腰をあげ表へ出る扉を開けたのだった。

 

 視界は紺碧一色に染まっていた。灯りは全て消えているようで周囲の家々も今は暗闇の海に沈んでいた。普段なら、どこかの家の灯りがぼんやりと見えているはずが、今はどの家も同じような有り様。もしかしたら、という得体の知れぬ不安が彼女の足を急がせるのであった。



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