青いバラ10本目 ローディー、トーマスの話 3
インスパイラル・ソフトカーペッツの専属ローディーとしてヨーロッパツアーに帯同した俺は、半年ぶりに地元マンチェスターに帰って来た。まぁ、安給料ではあるが、安定した職を得た俺はますます安心して日中は自宅に引きこもり、音楽をしこたま聞いたり、曲をしこたま量産する毎日を送ってた。夜になるとライブの時間に間に合うようにスクーターに乗って、ヤニ臭いライブハウスで仕事して、朝までパーティーする時もあった。インスパイラル・ソフトカーペッツの連中は陽気だからな。まぁ、ほとんど俺は彼女を理由に帰ってたけど。当時は彼女なんていなかったけどな。
それなりに金銭的に余裕ができた俺は、週末は気晴らしを兼ねてマンチェスター市内のいろんなライブハウスに客として足を運んでた。インターナショナルやハシエンダなんかが当時のホットな若者が集まる場所ってことになってた。そこでこっそり売人から手に入れた安物のドラッグで平日の仕事で溜まりに溜まった鬱憤をはらすわけさ。マンチェスターに住む一般的な労働者階級の若者は、それがデフォルトの休日の過ごし方だったんだ。日頃から数ポンドを節約して、それでめいいっぱい、記憶が飛ぶまで楽しむんだ。
俺はその日、たまたまふらりと入ったインターナショナルでブルーローゼズのギグを初めて見たんだ。第一印象としては「曲は良いけど、服装があってないな」だった。特にボーカルのイワンは、当時マンチェスターを代表するバンドのスミスを丸パクりしたみたいなオールバックの髪型で、ペイズリー柄のシャツとジーンズに、どういうわけか黒いマントを羽織って手にステッキを持って歌ってた。モリッシーと、ドラキュラ伯爵のコラボレーションかよって思ったね。最後はもちろん黒いマントをばさっ!! と大袈裟なくらいひるがえして退場するんだ。オーディエンスは目が点になったね。俺は焦って今日がハロウィンじゃないか、バーカウンターまで行ってカレンダーを確認したくらいさ。ファッションに関して言えば、当時の彼らは突っ込みどころは満載だったね。一番センスが良いとされたジョシュにしたって、如何ともしがたい柄の帽子を頭に乗せて、サスペンダー姿でギターをこう、くるっとターンしながら弾くんだ。正気かよ、そういう曲じゃないだろと思ったね。わざわざターンなんかしなくてもクールなのにな。そんな妙ちくりんな格好をした彼らが、ついに国内ツアーに打って出たと聞いたときは「おいおい、マジかよ。あのハロウィンなルックスのまま行ったのかよ」と他人事ながら心配になったね。よく覚えてるよ。今でも彼らと飲むときは、この「ドラキュラ伯爵とサスペンダーターン事件」が定番な笑い話として必ず出てくるよ。マジで、その時の俺の驚きっぷりをみんなに見せてやりたいね。「おいおいおい、マンチェスターにいったい何が起きてるんだ?」って感じだったよ。
それでもブルーローゼズのやる曲はどれも気に入ったし、服装さえなんとかすればひょっとしたら大化けするかもしれないな、と直感した。俺は会場の隅っこでテープを回してた男に近づいて、彼らのブートができたら買うからそれを送ってくれと住所を書いた紙を渡した。それから、彼らがギグをするときはなるべく通うようになった。もちろん物販でありったけのレコードも買って帰ったよ。「サリー」は本当に名曲だよな。その頃はあの名物マネージャーのアレックスが自らライブハウスの入り口付近で道ゆく若者にチケットを配り歩いていて、ブルーローゼズを実際よりも人気があって大きなバンドに見せかけるべく地道な活動をしていたんだ。まぁ、この辺はどんなロックバンドも必ずと言って良いほど通る道だよな。ものづくりに少なからず携わってる人間なら、彼らの涙ぐましい努力が理解できるはずさ。俺は近所に住む女の子も誘って、タダのチケットで彼らのライブを見るのが楽しみのひとつになってたんだ。あの頃はみんな無我夢中で、めちゃくちゃで、良い時代だったな。
まさか、この後でこうして一緒に、ローディーとして、ではなく、シンガーソングライターとして彼らと仕事をするようになるなんて、君なら想像つくかい?
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