青いバラ9本目 ローディー、トーマスの話 2

 俺たちの両親は、ほとんど駆け落ちみたいな感じで結婚して、イングランド北部の田舎町を脱出したんだけど。末っ子のウィリアムがおふくろの腹ん中にいる頃には、二人の関係に既に亀裂が入ってたんだ。俺が家庭の中で幸せだと思った記憶は、ほとんどないよ。親父はアル中で、一番上の兄貴と俺をことあるごとに殴りやがった。酒が抜けると優しい人格に戻るんだけど、豹変するともう、同じ人間とは思えないくらいに手が付けられない暴れっぷりなんだ。だから俺たちはキッチンからウォッカやコニャックの酒ビンをかき集めては、そっと自分たちのベッドの下に隠してたんだ。まぁ、たまに俺たちもちょっぴり拝借してたけどね。ああ、ここは書かないでくれよな。頼むよ。ははは。

 それでも、どっかから安くて質の悪い酒を買ってきては飲んで、酔っては暴力の限りを尽くしてた。当然、そんな感じでまともに働けないからほとんどの会社を短期間でクビになって、俺たち家族はスズメの涙みたいな金額の失業保険で暮らしてた。金もないくせに、どこからあんなに酒を仕入れて来てたんだか。全く、呆れるよ。そんなダメ親父も、ウィリアムが生まれたばかりの頃は本来の優しさを取り戻して彼を大事にしてた。そのままでいてくれたら、おふくろも俺たちを連れてマンチェスターに逃げ出す必要もなかったんだけどな。今の俺からは想像もつかないほど、ヘヴィーな子供時代を過ごしてたわけよ。


 親父が酒を飲むと決まって怒鳴り散らすし、俺は怖くなって自分の部屋に閉じこもることが多かった。だから、叫び声が聞こえないよう、耳を塞ぐためにヘッドホンでいろんなレコードを聞いたよ。やっぱりビートルズは子供心にも最高だなと思ったよ。ジョン・レノンのかすれたセクシーな声で歌う歌詞が好きだったんだ。あとはやっぱり当時ものすごいはやってたパンクだな。イギリスだとジャム、クラッシュ、セックス・ピストルズ。特にピストルズは最高だよな。彼らは一枚しかアルバムを出してないけど、今レコードに針を落としても、何時間でも聞いていられるよ。「勝手にしやがれ」は飽きが来ないね。名盤だよ。アメリカならラモーンズ、ニューヨーク・ドールズ、イギー・ポップ、パティ・スミスなんかも良いよな。ありえないことに、よく「ウィリアムの声質がビートルズのジョン・レノンとセックス・ピストルズのジョニー・ロットンを足して二で割ったみたいだ」と言われるけど、俺は初めにそんなことを言い出した音楽評論家に文句を言いたいね。あいつが彼らを一方的に真似してるだけだっつうの。全く。


 そんな音楽漬けになるしかなかった俺が、ギターを手に取ることは必然だったわけ。ブルーローゼズのジョシュも言ってたと思うけど、俺たちの国イギリスは年間を通して雨の日が多いだろ? だから自宅にこもって何かすることが多いわけよ。そんなやつらが退屈しのぎにやることと言ったら、誰でも簡単に始められるギターが売ってつけだってことだ。エレキギターなんか、弦を張って、アンプにシールドを突っ込んで、ジャーンって音を鳴らせば、たとえテキトーでもたちまちロックスターの気分に浸れるからな。だから一世紀近くに渡ってギター文化がこんなに盛んで、俺たちの国で生まれた音楽が何度も世界を席巻したわけだ。


 退屈な学校から帰ると俺はギターを弾いて曲をしこたま作ってた。別にそれで金を得たいってわけじゃなかった。自然に頭の中に旋律が浮かんで、勝手に指が動くんだよ。最初は慣れなくて挫折しそうになったけど、何とか我慢して続けてたら、気がついた頃には曲のストックが百は超えそうになってた。あまりにも自分の息子がギターに夢中で部屋から出てこないから、不安になったおふくろに怒られたこともあったよ。兄貴は大人しくて存在感がないけど、ウィリアムは当時から稀代の悪ガキの名を欲しいままにしていて、ほとんど家に帰ってこなかった。「どうしてなの、ウィリアムとお前は足して二で割ってちょうどよ!」って泣いてたな。もう、苦労の連続でおふくろもどうかしてたんだろうな。今じゃ俺たち兄弟が買った豪邸で、プールそばのカウチに寝そべってトロピカルジュースを啜ってるけどな。


 学校を出ても俺は、何の興味もわかないテキトーな職に就いては辞めてを繰り返して、失業保険で食いつないでた。ギター以外は長続きしないんだ。その辺は自分でも親父に似てるな、と思うよ。参ったね。まぁ、俺はあいつみたいに自我を失うほど酒に飲まれることは絶対にないけどな。そろそろ貯めていた金も底をつき始めようとしていた頃、俺は出入りしていたある楽器屋で「ローディー募集」の張り紙を見つけた。なんでも、インスパイラル・ソフトカーペッツっていうバンドが専属のローディーを探しているって内容だった。新しい弦を張り替える小遣い欲しさ感覚で電話をかけて応募したら「じゃあ、明日から来て」って早速ヨーロッパのドサ周りツアーに帯同させられて、気がついたら狭苦しいバンの後部座席に押し込められてたよ。まぁ、今考えればここから俺の音楽キャリアがスタートしたと言っても良いかもな。インスパイラル・ソフトカーペッツの連中とは今でもたまにつるんでるよ。マンチェスターで音楽やってる人間はみんないいヤツさ。それはブルーローゼズも例外ではないけどな。

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