青いバラ11本目 ウィリアムの話 1

 ファック。トーマスの野郎、俺のことをそんな風に話してたのか。まあ良いさ、俺が今からあのポテト野郎よりもっと面白おかしく、時にドラマチックに、時に諸々の訂正を挟みながら、ブルーローゼズと俺の物語を話してやるよ。どうか耳の穴をかっぽじってよく聞いてくれよな。


 トーマスの言う通り、俺たちはどうしようもない親父と、そいつに悩む男運の悪いおふくろの間に生まれた。でもさ、考えてもみろよ、世界的ロックバンド・クラウドバーストのメンバー五人のうち二人も、この夫婦から生まれてるんだぜ? もはやキリスト生誕以上の奇跡だという他ないよな。キリストはたった一人でこの世に生まれてきたけど、俺たちは二人だから、それ以上の奇跡だ。な、読者のみんなもそう思うだろ? まぁ、おふくろに関して言えば、やばい男に囲まれてるって意味ではずっと変わってないんだけどな。だって、自分が産んだ息子たちの中に、あの口の悪いトーマスがいるんだぜ? トーマスの野郎に比べりゃ、俺なんかずいぶん可愛らしい方だよ。読者のみんなも、もちろんそう思うよな?


 ブルーローゼズのイワンは、彼を見たさにギャラリーの行列ができるほど可愛かったって話は有名だけど。生まれたばかりの頃の俺も、彼に負けず劣らずの天使だったんだ。よくネットで出回ってるボールカットの笑顔がキュートな子供の写真は、間違いなく昔の俺なんだ。一体、誰が流したんだろうな。まぁ、おおかた俺たちの親父が金欲しさに雑誌社かパパラッチかなんかに渡したものが流れたんだろうな。とにかく、誰もが認める愛らしい子供だったんだ。


 親父の狂気にいよいよ耐えられなくなったおふくろは、俺たちを連れてついにマンチェスターの、シングルマザーが暮らすボロい公営アパートに逃げ込んだ。治安も、正直言ってそんなに良くはなかった。だけどそのまま地獄みたいな場所にいるよりかはずっとマシだった。

 俺自身はそんなに親父から暴力を受けた覚えはないけど、一番上の兄貴と、トーマスは餌食になってたのを見たよ。特にトーマスに対しては酷かったな。子供ながらに「パパ、兄ちゃんたちを殴るのはやめてよ」と抗議したんだけど、ますます兄貴を殴る手がエスカレートするだけだった。哀しかったよ。彼の耳には誰の言葉も届かないんだ。俺は実の父親をこんな風に変えちまった酒を憎んだ。だから俺は、昔はどうあれ今はアルコールの類は一滴も飲まない。息子たちに対しても、俺はこれまでだってただの一度も手をあげたことはないし、これからもそうすると固く決めてるんだ。


 一番上の兄貴とトーマスは三つ、俺とトーマスは五歳違うから、彼らはそれはそれは、歳の離れた末っ子の俺を可愛がってくれたよ。かつて敬愛するイワンにも「人前での兄弟喧嘩はみっともない」と苦言を呈されたくらい、メディアを通じて悪口合戦を繰り広げてる俺らだけど……。意外に思われるかもしれないけど、この頃は本当に、俺は彼らに存在を受け入れられていたし、愛されてるんだなって感じた。もちろん俺も、彼らを心から愛してたよ。今だってそうさ。トーマスはもしかしたら、今は違うのかもしれないけどな……。何だか、しみったれた話になっちまって悪いな。話を戻そうか。


 とにかく、俺らがマンチェスターに来たのは、ほとんど夜逃げみたいなものだったから、よく遊んでた幼なじみの女の子との交流も、ある日突然シャットアウトされたと感じたんだ。今以上に繊細な俺は、そんな現実に傷ついた。それに、あんな親父でも一応は実の父親だから、目の前からいなくなるのは寂しかった。もちろん、こんなことは家庭内暴力の被害者であるおふくろや、兄貴たち、特にトーマスには話せない。だんだんと心の底に寂しさが積み重なって、キャパシティーオーバーで溢れ出しそうになった頃、俺はついにフラストレーションが爆発した。家出同然でボロい公営アパートを飛び出したんだ。

 ガキの頃から安いドラッグに手を染めて、それの効果が切れると虚しさが襲ってくる。その時の虚無感や絶望感は、もうどうしようもないんだ。金もないから、不在がちな金持ちの邸宅のとびきり大きな庭に侵入して、納屋から金目の品物をこっそり持ち出しては売り飛ばしてた。その金でまた売人の溜まり場である橋の下へ行って、ドラッグを買うんだ。悪態も付くし、道を歩けば俺を見た大人たちが顔をしかめた。とにかく、手の施しようがないクソガキだったよ。だけど、それら全ての行動は、傷ついた心から生まれたものだったんだ。言い訳になっちまうけど、俺の封じられた本音を聞いてくれる人がずっと欲しかったんだよ。良くも悪くも目立つことをしでかして、誰かの気を引きたかったんだ。そればっかり、考えていたよ。

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