青いバラ7本目 ジョシュの話 3
イワンの本質がよく分かるエピソードがあるんだ。
あの日、俺たちはいつものように砂場で遊んでいた。俺は見たばかりのディズニー映画「眠れる森の美女」の城をイメージしながらせっせと手を動かしてた。俺はこの映画の中世絵画みたいな雰囲気と、少しダークで独特な色使いがたまらなく好きなんだ。魔女のマレフィセントがドラゴンになって、フィリップ王子と対決するシーンが特にお気に入りなんだ。いばらで囲まれた城っていうのがロマンチックだよな。
「お前って、飽きないよな。似たような城を作るの」
俺が一方的に喋りまくる映画の感想に耳を傾けていたイワンは、少し呆れながら隣で砂を運んでくれた。俺たちの傑作がだいぶ完成に近づいた頃、完全に油断してた俺は背後から衝撃を受けて、目の前の城に頭から突っ込んだ。
「おい、いきなり何すんだよ!!」
イワンが立ち上がって、突然に攻撃を仕掛けてきた何者かに威嚇し始めた。
「どいてろよ。砂場は上級生のものだぞ、お前らは向こうに行け!!」
声の主は、小太りの上級生だった。いつも取り巻きを二、三人くらい引き連れて、いじめる対象を探してることで有名だった。そこらへん一帯の公園を我がもの顔で取り仕切る、子供界のボス的な存在のヤツだった。名前は……なんて言ったか忘れた。俺たちみたいな子供には威張り散らして悪さばっかしてたけど、そいつの母親はもっとおっかなくて、彼女の前ではシュンと大人しくなるんだ。まさに借りてきた猫みたいな感じでね。子供あるあるだな。噂によると、父親は無職でアル中になった末に家を出て行ったらしい。多分、そういう家庭の事情もあってフラストレーションが溜まってたんだろう。そこにちょうど目についた俺らが、彼のストレス発散の標的になったというわけだ。
そいつは俺の顔面に右フックをかましてきた。不意打ちの攻撃をまともに食らって、俺の鼻から赤い血が出た。俺の鼻は高すぎるせいか、ちょっとしたことですぐに鼻血が出るんだよなぁ。直感で「まずい」と思ったね。そいつに殴られたことに対してじゃない。横にいるイワンが、間髪入れずに飛びかかったんだ。イワンの飛び蹴りはそいつの土手っ腹に命中して、悪ガキで名を馳せた男を派手に吹っ飛ばした。ポーンと、砂場を越えて一メートルくらい飛んでいくのを横目で見ながら、最も怒らせてはいけない男の導火線に火をつけてしまったことに俺は焦ったよ。
イワンはチャンス到来と言わんばかりに、ブルース・リーの真似で鍛えた数々のカンフーアクションを披露しようとしてるんだ。
全く、顔は天使みたいに可愛いのに、中身はなんて血気盛んなヤツだ。
さすがの取り巻きたちも、自分たちよりもずっと小さい下級生による奇襲に焦ったのか「な、何すんだよ」と返すのが精いっぱいだったみたいだ。
「お前、見かけないヤツだな」
「コイツ、女みたいな顔してるくせに、なかなかやるな」
取り巻きどもは口では強がっているが、および腰のまま一歩ずつ後退りしていくのが丸わかりだった。
イワンは拳でファイテングポーズを取ると「俺はイワンだ」と戦闘態勢のまま自己紹介した。
「お前らのボスが殴ったこいつ、ジョシュの友達だよ!!」
チラッとこっちを見て言い放った、しかも、ご丁寧に俺の名前まで……。これはもう他人のフリはできないと思ったよ。まぁ、俺のために怒ってくれてるのは少し嬉しかったけどな。イワンは右手を前に突き出すと指先だけをクイッと折り曲げ、アクション映画で主人公がよくやるような「かかってこいよ」のジェスチャーをした。もう完全にこの状況を楽しんでたし、頭の中では映画の世界に入り込んでたんだな。彼を主人公とした筋書きのないドラマが、始まろうとしていたんだ……思わず俺は生唾を飲み込んだよ。
その後はもちろん、イワンのなんちゃってカンフーお披露目を中心とした無差別な乱闘に突入した。
と、思いきや、実際はちょっと違った。
俺たちと取り巻きの対立をよそに、イワンの蹴りにやられて伸びていたはずの彼らのボスは、ようやっと起き上がるとズンズンとこっちに向かってきたんだ。
まずい、やられる!!
そいつとイワンの距離はもう拳一つ分もない。俺は「逃げろ、イワン」と叫ぼうとした、が、結果的にその必要はなかった。
そいつはキスでもするのかと思うくらいイワンの天使のような可愛らしい顔に自分の顔を近づけると、
「お前、やるな」
とニッと笑ったんだ。さらに彼は、自分を吹っ飛ばした天使の顔を持つ悪魔みたいなわんぱく少年に握手を求めてきた。
ここら辺一帯を取り仕切る悪ガキが、イワンを「自分より強い男」として認めたんだ。
まさかの展開に居合わせた俺たち一同、唖然としたよ。取り巻きも慌てて「ボス、何やってんすか、早くブッ飛ばしちゃってくださいよ」とか何とか口々に言ってたけど、全員もれなくゲンコツ食らって口にチャックをする他なかった。
一方、当のイワンは訝しげな表情でしばらく何かを考えた後、差し出された手を握って「まぁな」と満足げな笑みを浮かべた。単純な男だ。
その日から、枚挙にいとまが無いイワンの武勇伝が始まったんだ。
これは余談だけど、例のボス的な存在だった悪ガキは俺たちと普通に友達になって、よくライブにも来てくれた。時間が空いてる時は自慢の筋肉で機材を運ぶ手伝いもしてくれたな。名前は……なんて言ったか忘れたけどね。
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