イワンとジョシュの「砂場の出会い」

青いバラ3本目 ジョシュの話 1

 イワンと初めて会ったのは、今でもヤツと思い出話に花を咲かせる時は決まってそういう話になるけど、なんていうか、俺にとってもすごく運命的な瞬間だったんだ。


 俺はマンチェスターの、労働者階級出身の家庭で育った。普通の、大人しい子供だったよ。イワンみたいに暴れたりしないさ。まぁ、あいつが暴れるのは、決まってヤツにとって譲れない理由がある時だけ、なんだけど。

 普通の、大人しい、空想と絵を描くのが大好きな子供だった。朝起きて、母親が作ったミートパイを食べた後、時間を持て余した子供のやることといったら、それくらいだろ? 俺の子供たちも、彼らと同じくらいだった頃の俺と似たようなことをして夢中になってるよ。

 五歳の誕生日に買ってもらった自由帳に、いくつか無くして色が欠けたクレヨンで画面いっぱいにお絵描きするのが大好きだったんだ。目につくものはもちろん片っ端から描いたし、空想の世界でヒーローになった俺の勇敢な物語を、ストーリー仕立てで描いたりもしたよ。ドラゴンも魔王も、いつか見たアメリカのディズニーや、ソビエト連邦の映画会社が作ったアニメーション映画を繰り返し見て、記憶の中で思い出しながら、見よう見まねで描いた。俺は自由帳の中なら、どんなものでも創れる魔法使いになった気分でいた。思春期になってから試したどんなドラッグよりもハイな気分になれる。向かうところ、敵なしって感じだ。今も実家のクローゼットに残ってるかな。


 部屋にこもり切って夢中で絵を描いてる俺を母親が心配して、何度か近くの公園に連れ出されたことがあった。俺は公園に行くことはそんなに嫌いではなかった。公園には砂場があるし、御伽噺に出てくるような城を作るのには持ってこいだ。問題は、いつ行っても必ずそれを壊す誰かがいるってこと。そう、その悪ガキの一人がイワンだったのさ。

 イワンは最近ここに引っ越してきたばかりみたいで、初対面での印象は、なんだか、どことなく悲しそうだった。顔は女の子みたいに可愛らしくて、背丈は俺の肩ぐらいだったな。今思うと可愛いよなぁ。親父の遺伝のせいか、俺は当時から背が高かったんだ。その時でもう百三十センチはあったかな。今は百九十ちょっとくらい。そのうちビッグ・ベンも超えるかもな。ははは。

 

 そんな子供の頃から「のっぽ」の名を欲しいままにしていた俺だけど、イワンと初めて会った時も、夢中になって砂の城を作ってた。作ってる最中、どうも様子が変なんだ。俺が作ったそばから、城の反対側がぼろぼろ崩れていく気がする。不審に思って向こう側を覗いてみると、鳶色の大きな瞳の男の子がこっちを見ていた。城を間に挟んで、俺たちはしばらくお互いの瞳をじっと見ていたよ。奇妙な光景だっただろうな。イワンのヤツ、「お前のブルーの瞳が綺麗だったから、つい見惚れた」なんてクサいセリフをサラッと言うんだ。俺が女だったら、間違いなくその言葉で恋に落ちてたな。あいつ、俺をキュンキュンさせてどうするんだよ……。

 ちなみに、そんな天然の人たらしなイワンが最初に俺に抱いた印象は「お、こいつ良い自転車持ってるな」だってさ。人が丹精込めて作った城を壊しといて、自転車って、そりゃないよな。確かに公園に行く時は必ずと言って良いほど乗ってきたけど。何度思い出しても笑っちゃうよ。


 あいつのイメージから、思いっきり足で蹴飛ばして城を崩すとでも予想したかもしれないけど、意外にもイワンはその細っこい指先で、一生懸命に砂を掻き崩していたんだ。誰かの大切なものを思いっきり破壊できるほど、根は無慈悲で豪快な人間じゃないんだ。それは、俺が一番よく知ってる。知ってる、はずだったんだ。

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