青いバラ2本目 イワンの話 2
大好きだったじいちゃんと別れて、マンチェスターの中心部に家族揃って引っ越す時がきた。確かその頃には妹のオフィーリアが生まれていたかな。
出発の間際、じいちゃんが餞別として最もお気に入りだというビートルズのファーストアルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」のレコードを俺にくれた。あの、メンバー全員が階段の手摺りから吹き抜け部分に顔を出して、下に向けて笑顔を見せてる、クールなジャケット写真のアルバムさ。音楽好きなら、きっとあの写真を誰もが見たことあるよね。じいちゃんが用意してくれた、粋なサプライズにまたしても俺は大泣きだ。これ以上、涙なんて出ないと思っていたのに。人間って、泣こうと思えば、いくらでも泣けるんだな。
トラックの荷台に俺と妹を乗せて、親父は走り出した。遠ざかるじいちゃんは、その姿が小さく見えるまで俺たちにずっと手を振ってくれた。隣には、ビートルズが縁結びしてくれた彼の最愛の人、つまりは俺たちのばあちゃんがそっと寄り添っていた。荷台の上で、この二人を結びつけてくれたビートルズの偉大さを改めてしみじみと感じたよ。俺はそのうち混乱して、自分が慣れ親しんだ故郷を離れるのが悲しくて泣いてるのか、それとも音楽がもたらした男女の奇跡みたいな出会いに感動して泣いているのか、よく分からなくなってた。
振り返ってみると、これが俺の人生で最初の喪失体験だったのかもしれない。
俺たち四人家族の新しい住処はできたばかりの集合住宅で、そばに大きな公園があった。親父の新しい職場からは徒歩圏内で、彼は「これで朝もゆっくりできる」とほくそ笑んでた。母親はコールセンターの支部が変わって、ルーティンワークの引き継ぎ書を片手にてんやわんやの大騒ぎだ。ベビーベッドの上で寝転ぶ赤ちゃんの妹が、物珍しそうにそんな彼らをつぶらな瞳で見ていた。俺は親父に瓜二つと言って良いくらいそっくりだけど、彼女はどちらかと言えば母親に似てるかな。彼女は生まれたばかりだし「引っ越し」「新生活」なんて概念はまだ分からないだろうなと思った。気楽でいいな、ともね。
兄貴になったばかりの五歳の俺は、もらったばかりのレコードを胸にそっと抱きしめた。遠ざかるじいちゃんとばあちゃんの姿を再び思い出して、涙腺が緩みそうになった。妹はそんな俺を見て、紅葉みたいにちっちゃくてふわふわしたその手で頭を撫でてくれたんだ。驚いたよ。人間って、こんなに小さくても、落ち込む誰かを気遣うことができるんだな。まぁ、当の本人は覚えてないって言うけど。
ひとしきりセンチメンタルな気分で新しい日々を過ごした。
暖かい日差しが春の訪れを告げたある日、俺は気晴らしに近くの公園に行ってみることにした。そこであいつと「運命の出会い」を果たすことになる。俺たちは今でも昔話に花を咲かせる時、決まって「砂場の出会い」と呼んでるんだけどね。
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