第39話 俺の選んだ結末
「さようなら、キズナさん。来世では他人の恋人を奪っちゃダメだぞ」
「きみもな八舞さん! 他人の命を奪っちゃだめだぜ!」
――キイイイィィィイイイイン!
「っ!? 太陽くん!?」
間に、合った……。
どうにか、間に合ったみたいだ。
ギリギリだったし、包丁に蹴り入れるなんてめちゃくちゃ怖かったけどなんとかなった。
俺が蹴り飛ばした包丁は宙を舞い、コンクリートの壁にぶつかった。
そのまま落下して地面に突き刺さる。
「ごめんっ! 八舞さん!」
続けて俺は絆を助けるため、八舞さんに体当たりをして軽く吹き飛ばし、キズナの側から無理矢理どかす。
尻餅をついた彼女は、俺を恨めしそうに怨念のこもった目で見ている。
「何で……? 何でよ太陽くん!? 何で恋人の私の邪魔をするの!? 何でその倫理に反した雌豚を助けるの!? 何で屠殺の邪魔をするのよ!? ねえ何で!? 何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何でなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデソノコヲタスケルノヨオオオオオォォォォッッッ!」
怨念のこもった視線に、狂気じみた声。
こんな状態の彼女に俺の声が届くとは思えない。
俺は八舞さんを無視してキズナを抱き上げると、彼女が立ち上がらないうちに玄関へ向けて全力で駆け出す。
人一人、いや天使一人抱えた状態での疾走であまりスピードは出ていないが、ゴールは近いし十分だ。
「太陽グん! 私よりぞノオンナヲエラブノオオオオォォォッ!? エラブッデイウノオオオオォォォォッッ!」
俺は振り向かない。振り向くことなく角を曲がり玄関へ到達。
ドアを閉めたいがそんな時間も惜しい。
靴を履いたまま家の中へ上がると、階段を駆け上がり自分の部屋へ。
俺のベッドにキズナを寝かせて部屋の鍵をかける。
部屋のドアは木製で地下室ほど丈夫ではなく、破ろうと思えば破れてしまうが別にいい。
少しだけ、一刻も早くこの結末を迎えるための、わずかな時間だけ稼げれば十分だ。
ドアノブから手を離す頃に、階段をダダダダダ――と、まるでマシンガンのような殺意と愛憎、狂気に彩られた彼女の足音が聞こえてきた。間一髪だな。
「太陽くん! 開けなさい! このドアを開けなさい! その女を、私からあなたを奪おうとしている薄汚い雌豚を私に引き渡しなさい!」
いや、まだわからないな。安心するのは早い。
まだ俺が、俺たちが始めてしまった物語は結末を迎えていないのだから。
「開けなさい太陽くん! 開けなさい! 開けろって言ってるでしょ! 開けろ太陽! 開けろ! あけろ! あけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロアケロオオオオォォォォ!」
ガッガッという何かをドアに打ちつける音が聞こえる。
何をやっているのか、何をしようとしているのか、彼女の持ち物を考えれば簡単に想像がつく。
彼女の考えが現実のものとならないうちに、俺は隠しておいたモテ電を取り出す。
「太陽……まさか…………?」
絆は気づいたようだ。
俺がこれから何をするか。
どのような結末を選択したのか。
「お察しの通りだよ。この悲劇を終わらせる。いや、〈無かったこと〉にする」
モテ電を開き、両手で両端を握り、顔の高さまで上げる。
まあ、仕方ないよな。
「……だ、駄目。ダメだよ……。そんなことをしたらもう……彼女とは。ううん、それどころかそれを壊しちゃったらア、アカシックレコード上に設けられた太陽のラインが消えて……」
「バグは修正されない。二度と恋人ができない、か?」
モテ電にインストールされているアプリケーションの効果によって、無理矢理俺のバグを押さえ込んでいるのだ。
それを壊してしまえば当然効果は失われるので、俺は以前と同じ彼女のいない、非リア充生活を余儀なくされるし、このバグのせいで最悪の未来に書き換わってしまった運命も健在となる。
「わかってるなら……」
「それでも、だ。誰かの屍の上であぐらをかくような幸せなんて俺は欲しくない」
そんな幸せはいらない。
例え、相手がずっと好きだった女の子だったとしても。
例え、これから一生恋人ができず孤独な一生を迎えることになるとしても。
誰かの命を犠牲にしてまで手に入れる価値のあるものじゃない。
そんなことをするくらいなら、
「誰かの命と引き換えにしか手に入らない幸せなら、キズナの命と引き換えにしか手に入れられない幸せなら、俺は……俺はいらない。例えこの先一生恋人ができなくても、子どももなく、何をやっても成功せず、内蔵を売って生活する不幸のどん底のような人生を送ったあげく、誰も知らない場所でひっそりと孤独死を迎えるとしても、そんなことをするくらいなら俺はそっちを選ぶ。俺は負け組でいい。非リア充のままでいい。一生童貞だって構わない! 早死に上等だ! それでお前が助かるなら!」
「馬鹿……モテ電を壊したってオレが助かるかなんてわからないんだぞ……」
「ああそうさ! でも可能性は上がる!」
少なくとも、今このときもドアを開けようと、包丁でドアを削っている彼女は愛を向ける対象がいなくなる。
そうなれば命の危機は一つなくなる。
「助け、呼べたんだろ?」
「……うん」
「だったら信じろよ。絶対助かるって。不安なら手を握ってやるぜ?」
これを壊して背中の止血をした後にだが。
「ガアアアアアアァァァァッッ! アケロオオオォォォダイヨオオオォォォッッ!」
ドアを削る音が徐々に大きくなってきた。
そろそろ時間のようだ。
両手に持ったモテ電に力を入れる。
――ミシッ。
「キズナ」
「……ん、何?」
「ありがとな。たった一日の短い間だけど、良い夢、見させてもらった」
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