第34話 時間との闘い

『なんてタチの悪いバグだ……』


 キズナの説明を受けて、俺は愕然とした。

 そんな危険なバグがレベル2なのかよ。


『危険度は高いけど難易度は低いからね。発症前にバッチを当てて処理しちゃえば簡単に解決できるんだ。でも……』


『でも?』


『今回は違う。太陽のレベル4バグと接触したせいでバグが進化し、パターンが変わっちゃってる。一応普通のアクセラレイション用バッチを試しはしたけど、効果は無かったよ』


『……最悪じゃねーか』


『そう、最悪な状況なの、今の太陽の状況は。修正のための専用バッチは開発依頼書を出しておいたけど、完成まで2日はかかる』


『2日……か……』


 それくらいならば何とかなるかもしれない。

 見つからないうちにダクトから外へ逃げれれば、2日くらいなら塚本に金を借りて、ここから100キロくらい離れた隣の県にでも行って、ネットカフェに隠れていればいけると思う。


 俺が必死になって頼み込めば5千円くらいならばきっと貸してくれるさ。

 それでもしぶるなら去年貸した1万円を引き合いに出せばいい。

 半額になるのは痛いが、命がかかっているならば四の五の文句は言えないはずだ。

 5千円で人生を買ったと思えばいい。安い買い物だぜ。


『実は今、そっちに向かっているんだ。多分もうすぐ着く』


『5時にならないと天界の門は開かないんじゃなかったのか?』


『人命救助優先だよ。事情を話したら快く通してくれたさ。――で、着いたらのことなんだけど』


 キズナとの待ち合わせ場所は家の裏に決まった。

 家の地下室のダクトが裏に通じていること、家の鍵は指紋認証なので監禁状態にある今、そこでしか接触ができないことが挙げられる。


 夜明け前にここを脱出し、ステルスモードで空から脱出。

 どこかSFチックな香りをかもしだしている。


 作戦も決まり、『じゃあ後で。お互い健闘を祈る』と通信をオフにしようとしたところ、キズナが俺を呼び止めた。


『……脅すようだけど一応伝えとく。今の彼女は狂った恋の魔人、《恋人》一歩手前まで太陽への愛情が蓄積されている。多分、あと1回、一目でも見ちゃったら完全に狂化してしまう。そうなったらたぶん、理性とか吹っ飛んじゃって暴走する。だから、そうなる前に絶対に脱出して。太陽のためだけじゃない、彼女のためにも』


 小さな声、しかし深く、深く、地の底、海の底まで染み渡るような声で念を押すキズナ。

 言われなくてもそのつもりだったが、より具体的な状況を聞かされたせいか、俺の手が汗で滲む。

 あと一回、その単語が俺の心に深く突き刺さる。


『なるべくオレも急ぐから。じゃあ太陽、どうか無事で……』


 通信が切れた。

 俺はダクトの入り口に手をかけると、上半身を中に滑り込ませる。

 肘・腰・膝を曲げて芋虫の様に蠢きながら前へと進む。


 ダクトの中は少し進むと、地上の空気を取り入れるため坂になっている。

 決して緩やかとはいえない坂を、俺は手足を突っ張り壁に張り付き、少しずつだが確実に地上へと上っていく。


 10分後、坂が終わって平地になった。

 まだダクトは続いているが、高さ的に言えばここはもう地上なのだろう。


『……太陽……どこ?』


 脱出路終盤の平坦な狭い通路をほふく前進中通信が再び。


『……太陽、着いたよ。……どこ? どこにいるの?』


『……ここだ、キズナ。お前の足元。近くに金属の小さな柵があるだろ? 五本くらいの。その奥にいる』


暗くてよくわからないのか、「柵……柵……」と、キズナがダクトの入り口を探している声がわずかだが聞こえてきた。

 頭の中ではなく耳に。

 もうお互いの距離は近い。


 あちらの声が聞こえるのだから、こちらの声も聞こえるはず。

 俺は絆をサポートすべく「ここだ……」と小さな声でつぶやいた。


「……あっ」


 どうやら気づいてくれたようだ。


「そこが出入り口だ。悪いけどその柵を外してくれないか? 時計回りに回せば簡単に外せるから」


「わかった」


 さっそくキズナは作業に入り、家の中と外を繋ぐ第二のドアを開けた。

 俺はキズナに手を貸してもらい、ダクトの中から抜け出した。

 まだ暗いが、お互いの顔が確認できるくらいに明るくなってきたことが気になった俺は、彼女に時刻を尋ねる。


「えーと、午前4時51分だね」


 もうそんな時間だったのか。

 ダクトを這って上っているうちに結構な時間を消費してしまったらしい。


「キズナ、一刻も早く逃げるぞ」


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