第32話 アクセラレイション
「……これだ。これが原因で……。だからあの時……」
4月30日、午前3時、天界。
そこに用意されている自分の机に座って、眠気覚ましのブラックコーヒーをすすりながら、自分が担当した仕事で起こった不自然な現象について調べていたキズナ。
頑張りのかいもあり、ついに彼女はその原因に辿り着く。
「相手の彼女、八舞真奈ちゃんの太陽への愛情が図書館を出てから急激に加速しつづけている……。いや、それ以前、シナリオが開始された当初からその傾向は若干見て取れる。愛情が加速して止まらなくなっているこの現象……これは間違いなく〈アクセラレイション〉……」
〈アクセラレイション〉とは、その名の通り愛情が《加速》し、本人の理性や常識などを消し飛ばしてしまうバグを指す。
人間界で愛情が行き過ぎてしまい、愛ゆえに人を殺してしまうことがあるが、その事件は100%当事者たちの運命、アカシックレコード上にあるこのバグによって引き起こされている。
このバグは一緒にいると想いが加速するので、片方を隔離し対応に当たらなければならない。
対象者同士の接触を封じ、その間に専用の修正バッチを当てる。
それができれば、この件は無事に解決する。
今から開発部向けの発注書を発行すれば、今日の正午には承認をもらって、明日の夕方には正真正銘完了させることができるだろう。
「見つかったのが今でよかった……。朝になって二人が出会っていたら多分、いや絶対間に合わなかっただろうなあ。開発に頼んで専用バッチを作ってもらうまで太陽に彼女と会わないように言っておかないと」
机の上に置いておいたLOVEを操作し通信機能をオンに。
太陽の心に直接呼びかける。
しかし、
………………。
何も反応がない。
「それもそっか、今は夜中の4時だったな。起きている可能性は低いよね」
長時間休まず仕事をしていたせいで、冷静な判断ができなくなっていたのかもしれない。
キズナは報告事項をまとめたメールを作成し、太陽の携帯電話へと送る。
モテ電にもメーラー機能はあるが、厳重に保管するように言ってあるので携帯していないだろう。
「よし、あとは発注書を作るだけだ」
対象となる太陽の彼女、八舞真奈のデータを参照しつつ、開発部向けの文章を作成していたところで、キズナは異変に気づいた。
「……っ!? 彼女の太陽への愛情がさっきよりも急速に増加している。寝ている間、離れているは、想いが募ることはあっても《加速》することはないのに……まさか!?」
キズナは発注書を即書き上げると上司へ送信。
LOVEを下界に繋いで太陽の様子を映し出させた。
縛られ、怪我をし、泡を吹きつつ苦しむ太陽。
愛情のこもった笑顔で見つめる真奈。
「何で彼女が今!?」
予想外の光景に思わず声が出る。交際は今日の昼から始まったはず、いくら《アクセラレイション》が愛情を異常加速させるバグだとしてもこの速度は異常だ。
「まさか、レベル4バグと結びついたことでバグが異常強化された!?」
その問いに答える者は誰もいない。
愛情が音速の壁を突き破って加速し、その影響で周囲に甚大な被害を撒き散らしている。
『太陽! オレの声が聞こえる!? 太陽!』
太陽は暗い場所で石の床に横たわり動こうとしない。
意識はありそうだが、それだけだ。
まずい!
「っ!」
キズナは急いで部屋を飛び出した。
このままでは……二人があんなに近くにいたのでは……太陽の命が危ない!
部屋を飛び出す前に、チラリと真奈の太陽に対する愛情を映したグラフを見た。
昨日の夕方あたりから加速し続けていた彼女の愛情は、本日の午前3時を境に、さらに加速しほぼ垂直に、急激に数値が跳ね上がっている。
今すぐ現場へ急行して太陽を隔離しなければ……おそらく、
「お願い……っ! 無事でいて……太陽」
キズナはリングと羽を出すと、仕事場近くにある下界直通の門を目指した。
本来であれば午前5時に開門だが事情が事情だ。門番に理由を話せば通してくれるだろう。
時刻は4月30日午前3時31分。
太陽の思い出が灰にされたわずか1分後のこと。
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