第30話 愛(恐怖)

 ――何で、嘘ついたの?


「え?」


「『え?』じゃないわよ……。なんで……、なんでナンでナンでなんデ何でなんでナンでナンでなんデ何でなんでナンでナンでなんデなんでナンでナンでなんデ何でなんでナンでナンでなんデ何でなんでナンでナンでなんデ何で! なんで私に嘘をついたの!?」


「嘘……って?」


「とぼけないで! あなたのことが好きで好きで好きで好きで、大好きでたまらない私と同じように、太陽くんだって私のことを好きで好きで好きで好きで大好きでたまらないんだから私に話したことくらい、『いつ』『どこで』『何時何分何秒』『どんな主語・述語・接続詞・助詞・修飾語を使ってどんな内容の会話をした』くらいのことわかるはずでしょ!」


 ブォン! と、八舞さんが何かを振り回した。

 異様な雰囲気で気付かなかったが、どうやら何かを持っていたらしい。

 彼女が振り回した何かは、地下室の地面に激しく叩きつけられ、石の床を小さくえぐる。


「太陽くん言ったわよね? 帰った友達は男だって」


「……は、はい、言いました」


「じゃあ……これは何?」


 彼女は自分のポケットを漁り、中から細い何かを取り出し、俺に突きつける。


「じゃあこれは何!? 何なのよ!? 明らかにあなたの……ううん、男の髪の毛じゃないわよね!? 明らかに女の、他の女の髪の毛よね!?」


 彼女が突きつけたのは、きめ細かくつややかな、男性にしては少し長めの女性のショートヘア。

 光を当てると明度が変わりそうなくらい見事な『金色』の髪の毛。


 俺も、俺の家族も、時々家に来る友達もみんな黒髪、もしくは茶髪だ。

 金色の髪の毛を持つ知り合いなんて『あいつ』しかいない。


「料理をする前、ちょっと片付けようと思って居間を掃除していたときに見つけたの。何……これ? 一体何なの? どうして私のことを好きだと言ってくれた、私のことを愛していると言ってくれた、私のことが世界で一番大好きな私の恋人の家に、好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きでたまらないはずの私のじゃない、別の女の痕跡が出てくるの!? ねえ何で? 何でよぉっ! 答えてよ太陽くん!」


「た、多分……親父の知り合いの髪の毛じゃないかな? 親父ってホームパーティーが好きだから帰ってくると必ず知り合いを呼んでホームパーティーを開くんだよ。この地下室も大人数で色々と遊ぶために作られたんだ。中には外国の方もいるから、その人が来たとき落としたものなんじゃないかな?」


 壊れたテープレコーダーのように同じ言葉を繰り返す彼女に、名状しがたい恐怖を感じた俺は、とっさに思いついた嘘をついたのだが、


「嘘ね」


 あっさりと見破られてしまう。


「太陽くんがもう1年以上一人暮らしを続けているのはウチのクラスじゃ有名な話。ご両親が日本にいないのにお父様のホームパーティーがどうして開かれるの?」


「さ……最近俺の顔を見に帰ってきたことがあってそのときに……」


「それにしては家が綺麗すぎるわよね。1階部分が丸ごと収まっちゃう広い地下室を含めたこの家のどこにも、最近人が大勢入った形跡が見られなかったんだけど。家族全員で掃除をしたとしても普通の家の3倍近い広さを持つこの家の、どこにもそんな形跡を見られないのは明らかにおかしいわ」


「俺の家族って掃除が得意なんだ。パーティーの形跡が見当たらないほど綺麗にするのなんて朝飯前さ」


「なら何でこの髪の毛が居間に落ちていたの?」


 まずい!? 言ってることが矛盾してた!

 彼女の俺を見る目がより鋭くなった。

 嫉妬の炎は激しく燃え上がり、俺の意識を焦がし始める。


「愛しい恋人である私への言い訳は以上かな? 太陽くん」


「……はい」


「で、この金髪は一体誰のなのかな?」


「それは……」


 言えない。いや、言ってもいいけど絶対信じてもらえない。

 天使という存在にモテ電、そんな荒唐無稽な嘘のような本当の話を聞かせたところで彼女の怒りに油を注いだあと水をかけ、更にその上からガソリン、しかもオクタン価が高いハイオクガソリンをぶっかけることになるだけだ。


 口ごもる俺をしばらくの間、微動だにせず、言葉を発さず、じーっと見ていた彼女だったが、俺が何もしゃべらないのを悟ったのか、


「まあいいわ。私という最愛の恋人ができる前のことかもしれないし。後だったら許さないけど」


 そう言って彼女はニッコリと笑う。


「でもね、私、すごーっく傷ついちゃったの。大好きなあなたに嘘をつかれてものすごーっく、傷ついちゃったの」


 笑顔のまま彼女は俺に近づき、無理矢理身体を動かし膝枕をする。

 俺の頭を膝に乗せ、笑顔で顔を覗きこむ彼女。


「だから、太陽くんには罰を与えます」


「ば、罰……?」


 心の中が恐怖でざわつく。

 俺を見る彼女の目には、光が全く感じられなかった。


「うん、罰。すごーく辛いし苦しいだろうけど、ちゃんと受け止めてね?」


 私のことを、愛してるのなら――。

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