第27話 過去からの報告書

 ――カタカタカタ……


 夕暮れの太陽光が西の窓から差し込む――午後4時の天界。

 オフィスビル大部屋で他の天使と混じりながら、机の上にあるキーボードを帰還したばかりのキズナが叩く。


 あと1時間もすれば退社時刻だ。

 他の天使たちは「どっか寄ってく?」「課長、一杯どうですか?」など、これからの未来のことを話しているというのに、キズナはそれに混じることなく、真剣に画面と向き合っている。


 キズナは天界に帰るや否や、過去の報告書を読み漁っている。

 今のようにデジタル化される前の案件から、何から何まで、全て。


 今はデジタル化、作業の効率化、人件費の削減などで、レベル2以下の案件は自分たち《監査課》が、《開発課》から渡されたアカシックレコードの修正バッチを当てるという形になっているので、レベル1、レベル2案件の大まかな概要は知っていても、詳細な内容は知らない。


 キズナはそのことに気づき、レベル1やレベル2案件の中から、今日の太陽のような、好感度の異常加速や運命の複雑な絡まりなど、異常な反応を見せた案件が過去になかったかを調べている。

 調べ始めてからもうすぐ2時間になる……が、未だにそのような前例は出てこない。

 すでに終わった仕事なのに、これほどまで執着する必要はあるのだろうか。


 あるのだ。少なくともキズナの中ではまだこの仕事は終わっていない。

 だから上司にも完了の報告はしていない。


 結果だけ見れば仕事は成功。

 だが、それも原因不明の要因が働いた結果でしかない。


 その原因が何か解明されないかぎり仕事は終わりじゃない、終わりにしてはいけない。

 周りが仕事道具を片付け始めている中、一人彼女はディスプレイを見る。


「……これも違う。次。……ん? 何だよこれ、レベル4じゃん。何でレベル2の報告書の中にレベル4が混じってるんだよ」


 報告書の日付は今から約30年近く前、場所は自分と同じ日本で案件もヴォイド。

 報告書の管理ミスに少し憤りを感じたキズナだったが、自分がまだ閲覧していない、自分と同じ案件を担当したこの報告書の内容が気になり、すぐにどうでもよくなった。

 ささっと上司にメールを打ちこの件を報告すると、発見された新たな報告書に目を通す。


「報告者の名前は【リツ】……聞いたことない名前だな。レベル4を解決したなら、それなりに名前が売れててもいいはずなのに」


 数十年に一度程度しか発生しないレベル4案件だ。

 難易度や数から考えても、それを解決に導いた者ならば天使として名を馳せてても全然おかしくない。


「まあいいや。そんなことより内容内容。え……と、『私は泰三という少年に巣食ったバグを排除するため、彼と片想いの少女の間に赤い糸を結ぶべく、〈天使の弓矢〉を使って二人の運命の糸を繋いだ』……そっか、この頃はまだデジタル化してないもんな」


 天界のデジタル化が完了したのは20年前、この案件の後だ。

 このころの天使は、まだ弓矢を使って人々の恋をプロデュースしていた。


「『二人の心を赤い糸で結びつけることに成功した。私は天界に戻り泰三のアカシックレコードに巣食ったヴォイドの経過を監視したのだが――』――!? 何だって!?」


 報告書にはこう書かれていた。


「『二日も経たないうちに赤い糸が切れた。本来であれば結びついている、二人の赤い糸から幸福が染み出し、徐々にバグは消えていくはずだがそうはならなかった」』


 全部シナリオを終わらせないうちに、結びついてしまった自分とは逆だ。

 しかしキズナは直感で、この報告書にこそ自分が欲しかった情報があると確信する。


「『何度結んでも二人の間の赤い糸は切れる。二人の情報を一から洗い直した私が得た驚愕の真実は――』」


 マウスのホイールをスクロールさせる。


「『相手の彼女のほうにもバグがあった。バグの名前は《スルー》、レベル1の案件だ。立ったはずのフラグを無意識にスルーしてしまうというもの。私はこのバグを直そうと彼女の運命にも干渉しようとしたのだが……できなかった。ヴォイドと接触したスルーはその性質を格段に向上させ、通常の処理方法では対応できなかったのだ。どうやらレベル4と接触した際に力を分け与えてもらったらしく、弱点が変更されていた。私は泰三や他の同僚と協力し、このバグの弱点を解析し、専用の除去手段の確立を』……って、これで終わり!?」


 何故か結末部分が削除されていた。

 だが十分すぎるほどのヒントはすでに出ている。


 キズナはディスプレイの画面を切り替え、今日の太陽とその相手である真奈の運命の調査を始める。

 それと同時に、様々な症例が掲載されている判例集のようなものを開き、今日のような、好感度の異常加速や運命同士の複雑な絡まりが起きる症例がないかを確認する。


 めまぐるしく視線を動かし、1秒でも早い解決を試みる。

 あの時感じた、言いようのない不安感を拭い去るために。


「太陽…………無事でいて!」

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