第21話 ラブコメ第二楽章『好きな子と図書館で勉強』

 八舞さんを抱えて走ること数分、表通りに出る前に彼女を下ろした。


 正直に言えばもう少し触れ合っていたいところだが、それは全てがシナリオ通りに今日が終わればいつでもできることなので、グッと我慢する。


「ここまで来ればもう大丈夫。大通りに近いから人も多いし。交番もここから結構近いから、追いつかれても無茶できないと思う」


「助けてくれてありがとう茂手くん。茂手くんって結構強かったのね。何か意外……」


「うん、まあ、実はわりと」


 特に自慢になるようなものでもないので誰にも言っていないが、実は結構強い俺である。

 親がね、金持ってるとね、金目当ての『そういった輩』が来るわけでしてね。

 自分の身と平穏な生活を守るために、ちゃんと鍛えているわけなのですよ。

 このこと知ってるの塚本くらいなんじゃないだろうか?


「それより八舞さん、大丈夫だった? なんか絡まれてるみたいだったから助けに入ったけど……間に合った? 何もされていない?」


「うん、大丈夫。何もされなかった」


 そう言って俺を安心させるためにニコリと笑う八舞さん。

 好きな子のこんな笑顔を見られるなんて、俺はなんて幸せなんだろうか。


 こんな笑顔を至近距離で見せられたら、正常な男なら誰しも恋心が芽生えると思う。

 もしもできることならば、今すぐこの場で抱きしめたい。


 しかし、それをしたら今度は俺が悪者になるわけで……。

 八舞さんとのフラグは立たなくなるわけで……。


「そうか。んじゃあ無事みたいだし俺はもう行からさ。また連休明けに学校で」


 心中の衝動をグッと我慢し、爽やかに俺は立ち去った。

 もちろんこれはシナリオ通りだ。

 一度ここで別れ、図書館で再会をするという、少し運命的な演出をするための布石なのだ。


『おい太陽!? なにやってるんだよ!?』


『見ての通り、いったん別れた』


『何で!? そんなのシナリオにないでしょ!?』


 ちなみに、キズナに提出したシナリオには、このことは書いていない。

 これは、あくまで俺の独断だ。現場の判断というヤツだ。

 シナリオを描いたときに、俺はあることを見落としていたため、急遽この場で進行を修正したというわけである。


『二人で図書館に行くんじゃなかったのかよ!?』


『ああ、そのつもりだったんだけど……あることに気づいたんだ』


『あること?』


『ああ、いったん別れて偶然図書館で再開したほうが、運命を感じると思ってさ』


『おお、なるほど!』


『あと………………図書館まで一緒だと、俺会話続かない……緊張して』


『このヘタレ!』


 キズナの叱責が脳内に響く。

 だって仕方ないだろ! 話す機会はそこそこあったとはいえ、基本接点なかったんだぞ!?

 クラスメイト以上の親しさなんて欠片もなかったんだぞ!?


 歩きながら何話したらいいかなんてわかんねーよ!

 緊張で言葉が出てこねえよ!

 あば、あばばばばばばばば…………ってなる未来しか浮かんでこねえよ!

 男の子ってのはな、基本的に好きな女の子の前だとヘタレるもんなんだよ!


『わからないでもないけどさあ……カッコよくエスコートしようとか思わないの?』


 エスコート? どこのパリピの言葉かな?

 今まで女っ気皆無だった俺に、そんな大それた芸当できるわけねーだろ。


『それができないと思ったからこうしたんだよ! もうターニングポイントは超えたんだ。11時までに図書館で再開して、一緒に勉強すれば問題ないだろ』


『そりゃまあ、そうだけどさ』


『ならいいじゃないか。導かれる結果が同じなら、それに至る式なんてどうだってさ』


 1+1も、2+0も、どっちだって答えは同じ2なのだ。

 細かいことは気にすんな!


『とにかくそういうわけだから、急いで先回りして図書館に移動する』


『りょーかい。図書館ではヘタれるなよ?』


『わかってるよ』


 そこはヘタれちゃいけない部分だからな。

 勉強という共通の話題もあるし、なんとかしのいで見せるさ。


 俺は彼女とは違うルートを選択し、図書館へと急行した。

 図書館の中は、春だというのに十分にクーラーが効いていた。

 俺は棚の中から読みたかった雑誌を数冊ほど手に取り、窓際の外から確認しやすい日当たりのいい席に座って読み始めた。

 もちろん、八舞さんに気づいてもらいやすくするためである。

 まだかなー、八舞さん。


『太陽、彼女が約100メートル南の地点まで接近。あと数分で始まるよ。最終決戦の第二幕が』


 そう思っていたら絆から連絡が入った。

 いよいよか。俺は心の準備を始め、そして終えた。

 終了と同時に自動ドアが開く――彼女だ。


 彼女が図書館に入ったことを横目で確認すると、俺は雑誌を読みふける作業に戻る。

 頭の中に絆がリアルタイムで現状報告をしてくれるのでそれ以上確認は必要ない。


 ――『カウンターで本を返している』

 ――『席を探している』

 ――『太陽! 彼女が気づいた! そっち行くよ!』


「あ、茂手くんも図書館に用があったんだ」

 

「ん? ああ、八舞さん。さっきぶり」


 俺はあくまで自然に、片手をあげて彼女に挨拶した。

 そう、あくまで自然体にだ。

 彼女のことなど特に気にしていないかのように、顔色を変えず。ここがポイントなのだ。


 こうすることで、彼女はピンチにさっそうと現れて悪漢から救い出したあげく、お姫様抱っこまでして助けてくれたヒーローである俺に、運命を感じてくれるはずだ。強烈に意識してくれるはずだ。


 もちろん、通常ならただの自意識過剰。

 彼女イナイ歴=年齢である童貞のキモい妄想でしかない。


 しかし、今の俺にはキズナがいる。〈Wish Star〉がある。

 それの後押しがあれば、普段ではありえない展開にだって持ち込める。


 童貞のキモい妄想が、妄想以上の現実にだってなるはずなのだ。

 そう、具体的に言うとこれによって八舞さんは、俺に「自分はクラスメイトとしか思われていないのかな?」と思うはずだ。

 そんなただのクラスメイトを身体を張って助けてくれる茂手くんってカッコいい! いいかも!――って思ってくれるに違いない。


 そこまでいかないにしても、「困っている人を助けてくれるいい人」程度には思ってくれたはずだ。

 好感度は十分上がっていることは間違いない。


『太陽、今のリアクション良かった! 彼女の好感度がみるみる上昇していることを確認! 確実に太陽を意識してる。何でここにいるのか気になって仕方ないっぽい』


 計算通り。


『よし。それならこのままシナリオ通りに進行する。キズナはうまくいくように祈っててくれ』


『了解。何かあったらすぐ連絡入れるよ』


『頼む』


 脳内でそんなやり取りの後、俺は意識を八舞さんに戻した。


「珍しいところで会うな。八舞さんは何しにここへ?」


「私は借りていた本を返しに。あと、せっかくだから来月の中間テストのためにちょっと勉強をね。茂手くんは?」


「俺は雑誌を読みに。ここの図書館に俺の好きな雑誌が、創刊号から置いてあるから、読みたくなった時に来ているんだ」


 よし、いい感じだ。

 話を振った直後に、自分から俺の目的を求めてきている。

 どうでもいいと思っている相手なら、聞かれたことを答えた上で「じゃあね」だ。

 順調にシナリオが進んでいるようでなにより。


「ふぅん、何ていう雑誌?」


「科学雑誌『エジソン』まあ、時事ネタと宇宙系の記事しかほとんど読まないんだけど」


「難しそうな本読むのね」


「いや、そうでもないんだ、これが」


 科学雑誌って、いかにも学術的で難しそうってのは読まない人の偏見だ。

 読んでみると意外と小学生でも楽しく読めそうな内容でびっくりすると思う。


 俺がこの雑誌を読むようになったのは10歳くらいの頃だ。

 冥王星を目指して地球を旅立った探査機『ハヤカワ』の特集が組まれていると、当時まだ日本にいた親父から聞いて、そんなロマン溢れるプロジェクトが財政難の日本で実行されたなんて最高にアツイじゃないかと思い、わざわざ月500円しかもらえない小遣いを使って購入したのがきっかけだ。

 今も毎月ではないけど、好きな話題が取り上げられていたときは必ず購入している。


「宇宙理論とか次元理論とかものすごく面白いんだぜ。偉い先生たちが真剣にファンタジーなテーマを議論するのってそれだけで面白くないか?」


 権威ある先生方が、ガチで異世界とかダークマターとか次元連結とか話し合っているのって、想像するだけで面白いと思う。

 その内容に説得力があるとファンタジーな世界が身近に感じられて、まるでSF小説を読んでいるような気分になれる。

 科学雑誌は真面目なだけでなく、エンタメな側面も十分あると俺は思っている。


「へぇ……そんなに面白いんなら今度私も読んでみようかな」


「マジでお勧めだよ。あれを読まない奴は人生の3割を損している」


 まあ俺についての話題はこの辺りでいいだろう。偶然を装うのならこれで十分だ。

 そろそろ二つ目のシナリオを進行するための第二撃を放つべきだ。


「八舞さんは? 鞄に筆記用具……道具を見る限り勉強っぽいけど。でもまだ中間テストまで一ヶ月以上あるよな?」


「予習復習は日課なの。図書館のほうが集中できるから、休日は時々来るのよ」


「真面目だなあ。俺なんかテスト前一週間くらいしか勉強なんてしないのに」


「それで成績が私よりいいんだから……ちょっとずるい」


 実は、俺は結構成績が良いのだ。

 自慢じゃないが毎回学年首位を争う程度には。


「頭が悪いよりも良いほうがモテるに、フラグがたてやすくなるに決まっている」という、我が友塚本の言葉に騙されたのがきっかけだ。

 中学時代から毎日真剣に授業を聞いているうち、に自然と勉強のコツを掴んで、ほとんど授業以外で勉強をしなくてもいいくらいに頭が良くなったことは、塚本に感謝しなければなるまい。


 ちなみに塚本もあれでいて成績はいい。

 学年トップ20くらいには常に入っており、しかも意外なことに英語は毎回トップだったりする。


 多分洋モノの観すぎで自然と覚えたのだろう。

 それでも海外移住ができるほどの英語力をそうやって身につけるのは驚きだ。

 もしかしたら塚本は天才なのかもしれない。


 ……少し脱線しすぎたな。余計なことを考える余裕など俺にはないというのに。

 最初のシナリオをクリアーしたことで少し気を緩めすぎたのかもしれない。気を引き締めなおそう。


「八舞さん、そんなずるい俺でよかったら勉強教えるけど。暇だし」


「いいの? すっごく助かるけど読書中だったんじゃ?」


「いいっていいって。もう何度も創刊号から読み返しているから、内容なんて頭の中に全部叩き込まれているよ。今日はやることがなくて暇だから読みに来ただけなんだ」


 もちろんやることがないなんて嘘だ。

 だが本当の目的をしゃべるわけにもいかないし、例えしゃべったところで関係者以外に理解できるはずもない。

 だからこれでいい。嘘をついた後ろめたさというものが多少つきまとうがこれでいいのだ。


「そう、じゃあ……頼んじゃっていい、かな?」


「ああ、任せてくれ。ちなみに本日の科目は?」


「科学と国語。……それじゃあ茂手センセイ。お昼までだけどよろしくお願いします」


「了解。それじゃあ早速始めようか、生徒さん」


 シナリオ第二幕――無事進行。


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